2006年 02月 10日
「神との対話」-個人的な真実について―<普及版>(1) 著者 二ール・ドナルド・ウォルシュ 訳者 吉田利子 2001年1月30日 初版発行 株式会社サンマーク出版 P19~ 神はどんなふうに、誰に語りかけるのか。そう聞いたときの、神の答えはこうだった。 わたしはすべての者に、つねに語りかけている。問題は、誰に語りかけるかではなく、誰が聞こうとするか、ではないか? 興味をそそられたわたしは、もっと詳しく説明してくれと頼んだ。すると、神はこう言った。 第一に、「語る」ではなく、「コミュニケートする」と言うことにしよう。神とのコミュニケートは、言葉よりすぐれた、言葉よりずっと豊かで正確なものだからだ。言葉で語りあおうとすると、とたんに言葉の持つ制約にしばられることになる。だからこそ、わたしは言葉以外でもコミュニケートする。それどころか、言葉はめったに使わない。いちばん多いのは、感情を通じたコミュニケーションだ。 感情は、魂の言葉だ。 何かについて、自分にとっての真実を知りたいと思ったときには、自分がどう感じるのかを探ってみればいい。 感情というものは、なかなか見つからない。自覚するのはさらにむずかしい。だが、最も深い感情のなかに、最も高い真実が隠されている。要はこの感情をつかむことだ。 どうすればいいか教えてあげよう。もちろん、あながた知りたければ、ね。 わたしは知りたいと答えた。だが、その前に、最初の質問にもっとていねいに答えてほしいと言った。すると神はこう答えた。 わたしはコミュニケーションの手段に思考も使う。思考と感情は同じではないが、同時に生まれることがある。思考を通じたコミュニケーションには、イメージや画像が使われる。 だから、単なる言葉よりも思考のほうが、コミュニケーションの道具として効果的だ。 感情と思考のほかにもうひとつ、経験とうい、偉大なコミュニケーション手段がある。 感情と思考と経験のすべてが失敗したとき、最後に言葉が使われる。言葉はじつは、最も非効率的なコミュニケーション手段だ。もっとも曲解されやすいし、誤解されやすい。 どうしてか? それは言葉の性質のためだ。言葉はただの音にすぎない。感情や思考や経験の代用だ。シンボル、サイン、しるしでしかない。真実ではない。ほんものではない。言葉は理解の助けにはなる。あなたがたはものごとを、経験によって知ることができる。しかし、経験できないこともある。だからわたしは、知るためのほかの手段を与えた。それが感情と呼ばれるものであり、思考と呼ばれるものである。 さて、皮肉なことに、あなたがたは神の言葉ばかりを重視し、経験をないがしろにしている。 経験をないがしろにしているから、神を経験しても、それが神について教えられていたことと違うと、たちまち経験を捨てて言葉の方をとる。ところが、ほんとうは逆であるべきなのだ。 経験や感情によって、ひとは直感的に知る。いっぽう、言葉は知っていることをシンボル化しようとする試みにすぎず、混乱の原因になることも多い。 ところで、わたしは経験や感情、言葉をコミュニケーションの道具として使うが、経験や感情、言葉のすべてがわたしからのコミュニケーションだというわけではない。すべての感情や思考、経験、それに言葉が、わたしから発せられたものだとは限らない。 わたしの名で、べつの者がたくさんの言葉を口にしてきたから。わたしとは無関係なものによって、たくさんの思考や感情がささえられ、その結果、たくさんの経験が生まれてきた。 神からのメッセージとそうでないものとを見分けることは、なかなかむずかしい。この二つの違いはわかりにくい。区別するには、基本的なルールをすなおにあてはめなければならない。 わたしのメッセージはつねに、あなたの最高の考え、最もくもりのない言葉、最も偉大な感情である。それ以外は別の源から生じている。 そう考えれば、簡単に区別できるだろう。どんなに未熟でも、いちばん気高く、くもりがなく、偉大なものはすぐにわかるからだ。 だが、念のために、もうひとつの指針をあたえよう。 最高の考えには、必ず喜びがある。くもりのない言葉には真実が含まれている。もっとも偉大な感情、それは愛である。 喜び、真実、愛。 この三つは入れ替えることもできるし、互いにつながりあっている。 順序は問題ではない。 どのメッセージがわたしのもので、どれがほかからのものかを見分ける指針がはっきりすれば、あとはわたしのメッセージに耳を傾けるかどうか、それだけだ。 あなたがたは、あまりわたしのメッセージに耳を傾けていない。すばらしすぎて真実とは思えなかったり、むずかしすぎて従えないこともあるだろう。単純な誤解も多い。だが、ほとんどは、要するにメッセージを受けとっていないのだ。 わたしからのいちばん力強いメッセージは経験だ。ところが、それさえ、あなたたちは無視する。とくに、経験を無視する。 あなたがたが経験に耳をかたむけさえすれば、世界はいまのようではなかったはずだ。経験に耳を傾けないから、あなたがたは何度でも同じ経験をくりかえさなければならない。いつまでも神の目的が妨げられ、神の意志が無視されつでけることはないからだ。遅かれ早かれ、あなたがたは神のメッセージを受けとることになる。 だが、わたしは強制はしない。おどすこともない。わたしは自由な意思と選択する力をあなたがたに与えた。それを奪うことはけっしてない。 だからこそ、わたしは何千年ものあいだ、世界のすみずみまで、くり返して同じメッセージを送りつづけてきた。あなたがたがメッセージを受けとって、しっかりと握り締め、これは自分のものだと言うまで、いつまでも送りつづける。 わたしのメッセージは何百ものかたちで、何千もの機会に、何百万年にもわたって送られる。本気で耳を傾ければ、必ず聞こえるはずだ。本気で聞けば、無視することはできない。そこで、実のあるコミュニケーションが始まる。過去、あなたがたはわたしに語りかけ、祈り、取り次ぎ、懇願するだけだった。だが、いまこそわたしから語りかけよう。 いま、ここでしているように。 Vol 1 2 3 4 5 6 7
by sadomago
| 2006-02-10 06:45
| 神との対話
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