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2006年 03月 07日
植物は気づいている Vol3
植物は気づいている
バクスター師の不思議な実験

初版発行 平成17年7月20日
著者 クリーブ・バクスター
訳者 穂積由利子
発行 株式会社日本教文社

第一章 世界を驚かせた実験
P21~
 人間の場合、ポリグラフ・テストの被験者に対しては、たとえば、 「あなたは拳銃を撃ってジョン・スミスを死に至らしめましたか?」 という質問をする。もし相手が殺人を犯していた場合には、この質問は彼らの安寧を脅かし、その反応は、記録表の上に明らかな形で現れる。わたしはこのドラセナ (観葉植物) の安寧を脅かす算段を考えることにした。そのときはまだ、植物に話しかけるほど入れ込んではいなかった。考えた末に、電極を取り付けてある葉に隣り合った別の葉の先を、熱いコーヒーに浸してみることにした。記録用紙の上にはしかし、目に見えるような変化はあらわれず、線は下降を続けるだけだった。人間の場合、この下降線は、疲労または退屈な状態を示す場合が多い。それから14分ほど経過したとき、ふとこんな考えが浮かんだ。 「植物を脅かすには、マッチを持ってきて電極を取り付けた部分を焼いてみるのが一番だな」
 このときドラセナはわたしの立っている位置から4、5メートルほど離れたところにあり、ポリグラフ装置は1.5メートルほどの場所にあった。なにか新しいことが起きたとするば、わたしの頭に浮かんだこの思考だけだった。早朝のことで、研究室にはわたしの他には誰もいなかった。わたしの考えと意志は 「あの葉っぱを焼いてやろう!」 というものだった。葉を焼くことをイメージした瞬間、ポリグラフの記録ペンは表の1番上まで跳ね上がった! 何も話していないし、植物に触れてもいない、マッチをつけたわけでもない。ただ、葉に火をつけてみようという明確な意思があっただけだ。ところが植物の記録は、葉が劇的に興奮したことを示していた。この観察はわたしにとって、明白かつ非常に意義のあるものだった(図1D)。
 こうして1966年の2月2日、記録用紙が動き始めて13分55秒たった時点で、わたしの意識全体が変化してしまったのだ。 「まいったなあ。この植物はわたしの心を読んでるみたいだぞ!」 それからわたしは部屋を出て、喫煙者である秘書の机まで、マッチを取りに行った。戻ってきたとき、植物はまだはっきりと高い反応を見せていた。この状態を見て、わたしは葉を焼くことを考え直した。変化がこれ以上大きくなっても、記録計ではその変化を認識できないだろうと思ったからだ。わたしは火をつけたマッチを別の葉にさっと近づけてみたが、もう植物を傷つけることに興味はなくなっていた。それから、いちばんよいのは脅かしをやめて、植物が落ち着くかどうかを見ることだと考えた。マッチを秘書の机に戻しに行って戻ってくると、記録ペンは、電極を取り付けた葉を燃やそうと決心する前の落ち着きを取り戻していた。

 第2ステップ
 
 さて、その日の朝、それから起こったことについて、少々話しておこう。その前に、こんなことだけは起こらなかった、と保証しておく。すなわち、まだ朝の8時前のタイムズスクエアに飛び出て、 「植物に心を読まれた!」 と大声で触れまわったりはもちろんしなかった。そんなことをすれば、いくらニューヨークのタイムズスクエアとは言え、気が触れたように見えただろうし、科学者として感情を自制する訓練を受けてきたわたしにはとうていできることではなかった。
  ≪ 中略 ≫ 
 この時の記念すべきドラセナは今も健在で、天井に届くほど巨大に成長している。バイオコミュニケーション (生体間コミュニケーション) について講演するときには、このドラセナのことを話し、写真をみせている。どうやら講演で話題にするごとに、1インチ成長しているのではないか、とわたしはにらんでいる。ドラセナにも人間と同じように、うぬぼれることがあるのかもしれない。
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by sadomago | 2006-03-07 23:05 | 生態系
2006年 03月 06日
植物は気づいている Vol2
植物は気づいている
バクスター師の不思議な実験

初版発行 平成17年7月20日
著者 クリーブ・バクスター
訳者 穂積由利子
発行 株式会社日本教文社


P3~
はじめに
 忘れもしない1966年2月2日、それはわたしが始めて、細胞どうしが意志を伝達しあっている「バイオコミュニケーション」の世界、 「意識研究」 の分野でも最先端と言われる世界に足を踏み入れた日だった。
 ≪ 中略 ≫ 
 ところで、わたしが意識研究という意味で最初に興味を持った分野は、じつは植物ではなかった。10代のある日、わたしは催眠術に魂を奪われてしまったのだ。そのとき、わたしはニュージャージー州ニューブランズウィックにあるラトガーズ大学付属の全寮制高校の生徒だった。
 ≪ 中略 ≫ 
 テキサス農工大学では、前より大勢の人を対象に催眠を再開した。校内ではしばしば実演を行ったため参加者は手順になれてしまい、 「わたしが手を動かすだびにあなたは深い眠りに入っていきます」 などという事前の説明は必要なくなるほどだった。参加者の3分の1はなんらかの催眠状態に入り、なかにはかなり深く入った人もいた。そして深い催眠状態に入った人たちはには、そのまま、次に続く実演にも協力してもらった。こうした活動に対しては周りの誰からも反対されることはなく、むしろ、興味を持ってくれる人のほうが多かった。わたしが受講していた心理学の教授などは、変性意識状態に関する授業の一環として、彼の心理学講座で実演する機会さえ与えてくれたほどだ。
催眠の実演の中には、後催眠暗示を与えることも含まれていた。あるとき、わたしは深い催眠状態に入った被験者に、目が覚めた後、わたしの姿が見えなくなるという暗示をあたえた。実際にわたしは教室にいたのだが、 「あなたにはわたしの姿が見えなくなります、わたしはこれから30分間教室をはなれますから」 と言ったのだ。目が覚めた被験者は、私がどこにいるのかと回りにたずねた。そこで、わたしは普段はタバコは吸わないのだが、タバコに火をつけ煙をくゆらせてみた。彼が見たものは・・・・空中を浮遊するタバコと、わたしがはく煙だけ。この光景を見にした彼は驚愕して、教室から逃げ出そうとした。こうして30分が経過すると、わたしの姿が彼の目の前にふたたび現れた。もちろんわたしは一度も教室を離れたりはしていない。人間の意識を変えることができるということ、つまり後催眠によってその人に幻覚――それが良いものにしろ悪いものにしろ――を体験させることができるという事実にわたしは深い感銘を受けた。
 前半の学期が終わると、わたしは夏休みを取り、テキサスのカレッジ・ステーションからカリフォルニアまで5日間のバイク旅行に出かけることにした。1942年の9月のことだ。カリフォルニアではロングビーチ、ハンティントン・ビーチ、ロサンジェルス、ハリウッドを見て回った。ドン・ジョリスンと出会ったのはこの旅でのことだった。彼は海軍に所属しており、当時はカリフォルニアに駐屯していた。神智学に傾倒している家庭の出身で、わたしは彼によって、東洋哲学にはじめて触れることになった。神智学協会は古今東西のあらゆる宗教や神秘的伝統について、研究、調査、出版している団体である。 
 ドンはわたしより2,3歳年上で、海外へ出発する日が目前に迫っていた。われわれは、意識の変性状態やスピリチュアルな概念について2日間、深夜まで話し合った。こうしてわたしは催眠の体験を彼に伝え、彼からは神智学の教えを学んだのだ。
 彼と話し合ってみて、わたしは、さまざまな宗教の信仰には、単なる暗示ではないもっと深遠な何かがある可能性に気がついた。ドン・ジョリスンは、肉体の死を超えた生や輪廻という東洋的な思想にわたしの目を開かせてくれた。しかし本当にわたしが、科学的に証明できる世界を超えたことが現実に起きているのだと納得したのは、ずっとのちのことで、1966年2月2日、植物をポリグラフ (嘘発見器) に繋いだときのことである。そのとき、わたしの脳裏にはドンと交したさまざまな話が蘇ってきた。かれがあれから戦争を生き延びたかどうかは定かではないが、わたしを深遠なる哲学の世界に案内してくれたことに心から感謝している。
 ≪ 中略 ≫ 
1966年2月、ある出来事が起こり、わたし自身の意識に一種の 「パラダイム・シフト」 をもたらした。そのためにわたしの研究――18年間にわたる人間を対象としたポリグラフの操作――はまったく異なる種類のものへ移行することになった。ここに自伝的な形で履歴を紹介してきたのは、わたしを変えてしまったこの出来事に対する、わたしの最初の反応、そしてそれに続いた反応を、読者の方々によく理解していただきたいと思ったからだ。というのも、その時のわたしの反応は、それまでの経験から強い影響を受けていたように思われるからだ。その後、ポリグラフや他の機器をどのように用いて、そのときの出来事がもたらした洞察を追求していったかについては、次章から詳しく述べていきたい。

クリーヴ・バクスター


 カリフォルニア州サンディエゴにて
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by sadomago | 2006-03-06 08:00 | 生態系
2006年 03月 01日
植物は気づいている Vol1
植物は気づいている
バクスター師の不思議な実験

初版発行 平成17年7月20日
著者 クリーブ・バクスター
訳者 穂積由利子
発行 株式会社日本教文社

訳者あとがき

P196~
 この本のことをはじめて耳にしたのは、去年の晩秋だった。本書の編集者である鹿子木氏とお昼を共にしながら、去年の春に「叡智の海・宇宙」 (吉田三知代訳、日本教文社) として出版されたアーヴィン・ラズロ博士の Science and the Akashic Field についていろいろな話をしたあと、一段落ついたときに、同氏からこんな本があるんですよと紹介された。
 わたしは、ああ、その話なら知っています、と言いながら、10年ほど前に読んだ、『植物の神秘生活』という伝統的な本のことを思い出していた。人間の感情に反応する植物について実験した話を読んだときの衝撃は、遠い日の記憶ながら脳裏にまざまざとよみがえってきた。よく聞けば、本はその実験をした本人であるバクスター氏が、はじめて自分で書いた本だということであった。
 翻訳の作業にとりかかると、クリーヴ・バクスター氏が、いかに主流の科学界から相手にされない孤独に苦悩しつつ、40年近くの歳月を、こつこつと地道な研究を積み上げてきたか、身に迫って感じられた。世間に認められないときに、一途に自分の信じるところを進むのは、容易なことではない。よほど自分を信じる力がなければ頓挫してしまう。
 バクスター氏の研究は、ときにラジオやテレビのトークショー、雑誌などで興味本位にとりあげられる機会はあったにせよ、その研究の真価を、いわゆる大学などの主流の教育・研究機関が真摯に問うことはなかった。彼の研究が示唆する深遠な世界、その可能性と影響力を考えると、残念でならない。しかしようやく最近になって、主流の研究機関の中にも彼の研究を認めるところが出始めたようだ。
 バクスター氏の実験結果が真実であると多くの人が認めたならば、社会全体にパラダイムシフトがおきるだろうとわたしは考える。
 まず、食べ物に、すなわち自分の命になってくれる、野菜や魚、動物たちに対して、気持ちが一変するするだろう。そうして、どんな部分であっても、活用せずにゴミとして捨ててしまうことを、申しわけなく、「もったいない」と感じるようになるだろう。そうなれば、すべての消費・生産活動が今とは違ってくるのではないだろうか。
 これを理想主義、と言って一蹴してしまう人には、「イマジン! すべての生き物が、植物も、魚も、虫も、動物も、すべてが同じ命として尊ばれて生きる世界を想像してごらん」 と呼びかけてみたいと思うが、どうだろう?
 翻訳中に、果樹を長年育てた経験のあるわたしの父から興味深い話を聞いた。日本には、昔から、「成木責め」という方法があるという。これは、長い間実をつけない果樹にむかって、刃物 (のこぎりなど) を木にあてて、「実をならせなければ、切ってしまうぞ」と脅かすのだという。すると木は、「切られては大変だ」というわけで、次の年にはたくさんの実をむすぶのだそうだ。父は、自分は試したことがないけれど、成功した人の話は聞いたことがあると言って笑った。 (ただし父が言うには、幹に傷をつけると花芽が出やすいというのは、植物学の理論としても正しいのだそうだ)。
 木に刃物をあてて、いい大人が真顔で (バクスター氏の実験からすると、真剣でないと効果はないだろうから、本気だったことだろう) 木を脅かしている場面を想像しながら、わたしもうれしくなった。
 人が本気で木と会話をしていた時代は、手の届かないほど遠い過去ではなかったようである。そして、現在でも盛んに行われている四季折々の祭りや行事にしても、「自然にも心がある」ことが、少なくともどこかで信じられ、意識されているはずだと思う。そうでなければ、どんなに贅を凝らしてみても、たちまち浅い次元の娯楽と化し、形骸化して、それこそ命のないものになってしまうだろう。
 バクスター氏はわたしに、「やはり、あるんだよ」と言ってくれた。
 幼いころに、「どんなものにも、こころがあるんだよ」といろんな場面で教えられ、感じさせられる環境に育ったわたしは、今、「やはり、そうだったんだなあ」とつぶやいている。
 最後に、この本との出合いをつくり、訳文に丁寧に手を入れてくださった鹿子木士郎氏に感謝したい。またバイリンガルの息子にも助けてもらった。感謝している。

/ 穂積由利子



関連過去投稿
http://sadomago.exblog.jp/3620835/
聖なるりんご Vol2

肥料・農薬を断って8年目の頃、樹一本一本に話しかけて回ります。「大変な思いをさせてごめんなさい」「何とかこの栽培に耐えてください」「自分のわがままを聞いてくれてありがとう」ついに気が狂ったと思われたのもこの頃です。でもさすがに恥ずかしくて周囲に隣接している何本かの樹には言葉を掛けなかったそうです。するとその年話しかけなかった樹だけがすべて枯れてしまいます。しかも真っ二つに裂けるという異常な枯れ方をして。今でも木村さんは一本一本に「がんばってくれてありがとう」と話しかけて歩きます。・・・・・・・・
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by sadomago | 2006-03-01 00:03 | 生態系