2005年 07月 30日
甲田 光雄
ガン予防への道 甲田光雄
春秋社

P174~
a)小食は動植物への慈悲心

私たちは毎日、米や野菜、あるいは卵や魚などを食べて生きてゆきますが、先述のとおりこれらの動植物も、結局は私たちの命と同じ命なのだと悟り、少しでもこれらの命を大切にしなければならないものと心がけ一粒の米、一枚の菜っ葉といえどもこれをむだにせず、神より恵まれたありがたい糧として合掌していただくというのが小食健康法の真髄です。
 その心の中には、動植物への温かい愛の精神がかよっています。
卵や魚としてみればこの世の中に生を受けて、もっと長く行きたいであろうに、私たちにその命をささげてくれたのです。ですから、それにたいして、深い感謝の気持ちをこめて食事を頂くのが当然の礼儀というべきではないでしょうか。
そして、犠牲になってくれる動植物の命を最小限にとどめられるよう、少食にしていきてゆくのが少食健康法のモットーであります。 
 この慈悲の精神で、できるだけ少食のとどめてゆくことが実は健康法の秘訣になっているとは!神の英知のすばらしさには、ただ感嘆するばかりです。

1985年4月10日 初版第1刷発行
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# by sadomago | 2005-07-30 21:59 | 小食健康法
2005年 07月 29日
ジェイコブ・リバーマン(2)
「近視は治る」 ジェイコブ・リバーマン 
日本教文社

P27~

主治医は眼鏡を処方してくれたが、母親はかけさせるべきかどうか迷っていた。
私は問診の時、少年に、谷間の向こうのはるか遠くの山並みを見てごらんといった。
「どんなふうに見える?」と尋ねると、「よく見えるよ。チャートのあの文字が読めないだけなんだ!」という答えが返ってきた。


P79~

私の視力がどうして広がったのか、全くわからなかった。その後、実は視力が一箇所から生じるのではないとわかるまでに数年かかった。
見る能力は心身のすべてにわたって、もっと広く存在しているのである。
フランスの作家・哲学者でレジスタンスの闘士でもあり、幼児期の事故で全盲となったジャック・リセイランも同じような体験をしている。
彼は事故の直後、完全に両目がつぶれたにもかかわらず見えることに気付いた。
彼は自伝『そして光があった And There Was Lihgt』の中で、包帯をはずした直後に起こったことを次のように述べている。

盲目とは見えないことだと・・・・まわりの人は言う。けれども、自分が実際に見えているときに、どうして彼らの言うことが信じられよう?
すぐには無理だ・・・・その時でもまだ自分の眼を使いたかったのだ。それで私は、これまでどおりの眼の動きにしたがった。・・・
ある日とうとう・・・・・わかった。見方が悪かったのだ・・・・
とんでもないことをしでかしていたのだ・・・自分のほうを合わせようともしないで、眼鏡だけ取りかえる人がしでかすような間違いを。
対象からかなり外れたところを見たり、表面ばかりを見つめすぎたり・・・私はもっと仔細に見ることにした。その対象をでは無く、自分の身の回りを。・・・
盲目にもかかわらず、私には光が見えた。そしてそれを見つづけた・・・私には不思議なことではない・・・現実だ。
目の見える人が見ているという事実を否定できないのと同じように、私もその事実を否定できない。
 

Copyright(C) 1995 by Jacob Liberman
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# by sadomago | 2005-07-29 07:16 | 心と視力・光療法
2005年 07月 29日
ジェイコブ・リバーマン
「近視は治る」 ジェイコブ・リバーマン 
日本教文社


P31~

こうした三次元の像はわたしたちにはおなじみであって、生きものさながらの動きを見せてくれる。
しかし、そうした娯楽面での価値はともかく、驚くべきなのはホログラム上のどの点も全体像がもっているのと全く同じ情報を含んでいると言う特性である。
普通の写真をビリビリに破いてしまえば、その切れ端を全て集めないと全体像は復元できない。しかしホログラムは、膨大なデーターを貯蔵できるために、小さな断片がひとつあれば全体像を復元できる。
本書を読めば、視力もホログラフィックなプロセスにほかならないということがわかるはずだ。
私は、視力が体内のひとつの点 -たとえば眼- でうまれるのではなく、身体と、私たちをとりまくエネルギー場との相互作用からうまれるということを発見したのである。・・・・・

・・・私は、人体の他のあらゆる部分と同様に、眼も考える細胞からできていることを発見した。
悲しい時やおびえている時、私たちは悲しそうに、あるいは怖ろしそうに見える。開放的な気分の時には、私たちの視力は文字通り広がる
次の発見はさらに衝撃的だった。体内のあらゆる細胞は独自の神経ペプチドをつくりだすというのだ。どの細胞も、私たちの感情を「感じ取ったり」、思考を「考えたり」する。
と同時に、私たちの生理的な反応を制御するために忽然と現れては化学的メッセンジャーを形作る。どんな細胞も全体のことを知っているというこの発見は、生理学に新しく登場したホログラフィックモデルの基礎となった。
チョプラが公演で語った言葉を借りれば、「心は脳から逃れた」のである。
その発見はまた、賢人や導師(グル)たちが何時も諭しているように、身体が心から生じてくることを示しており、私が検眼学校で学んできたことと全く逆のことである。

Copyright(C) 1995 by Jacob Liberman
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# by sadomago | 2005-07-29 06:51 | 心と視力・光療法
2005年 07月 25日
バイブレーショナル・メディスン
「バイブレーショナル・メディスン」 リチャード・ガーバー
日本教文社

第1章 ホログラム、エネルギー、波動医学-アインシュタイン的生命観
P45~
 この本は「治癒」と言う現象を、「物質もエネルギーの一形態である」というあたらしい現実感にもとづいて捕らえようとする試みである。アインシュタイン的パラダイムに立脚したこの新しい治癒理論は、「波動医学」(vibrathional medicine)と呼ばれるものである。
アインシュタイン的パラダイムを波動医学的に応用すると、人間が細胞系である肉体と相互に作用する複雑なエネルギー場のネットワークとして見えてくる。波動医学では、病的状態によってバランスを失っているエネルギー系にのぞましい影響をおよぼすような、特殊なエネルギーを治療にもちいる。
波動医学の治療家はもともと人間にそなわっているより高次なレベルから、バランスを失っているエネルギー場を是正することによって、細胞の生理学的秩序の回復を助けるのである。
 あらゆる物質がエネルギーの諸形態であると言う事を認識さえすれば、人間をダイナミックなエネルギー系として理解するのはたやすい。アルバート・アインシュタインは有名なE=mc2という方程式をもちいて、「物質」と「エネルギー」は同一の普遍的実体が二元的に表現されたものであることを証明した。その普遍的実体とは、われわれ全てを形作っている根源的なエネルギー、もしくは「波動」のことである。だからこそ物質の基本的な波動またはエネルギーレベルを調整することによってからだを癒そうとする「波動医学」という手法も考えられる。ただし、こうしたアインシュタイン的な視点は、物理学者のあいだではしだいに受けいれられるようになってはきたものの、いまだに医師の人間観や疾病観に影響を与えるまでには至っていない。

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# by sadomago | 2005-07-25 23:16 | ホログラム、波動医学
2005年 07月 25日
ニューエイジの視点から世界を考察する。
木のひげは、特定に宗教団体に所属していません。
どこかの団体への営利に協賛もしていません。

ここに集める資料は、あくまでも自分のためのメモです。
出典がはっきりしている物ははなるべく明記しますが、あやふやなものは、掲載する時点では確認していないものもあります。

興味をおもちになる方のために、出典があきらかなものはなるべく明記します。
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# by sadomago | 2005-07-25 23:11 | 始めに