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2008年 11月 30日
死を宣告された患者たちの心を癒せるのは科学ではない
アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない
著者:町山智浩
文藝春秋
2008年10月10日 第一刷
2008年11月10日 第四刷


[初出]
『週刊現代』(「アメリカで味噌汁」06年7月15日号~08年6月14日号)、『論座』07年3月号、『部落解放』07年6月号、『サイゾー』(「USAカニバケツ」05年9月号、06年1~3月号、7月号、07年2.4.8月号。「映画でわかるアメリカがわかる」07年12月、08年2月号)
上記記事、連載に大幅加筆訂正しました。



第一章 暴走する宗教
遺伝子や進化の研究は神の冒涜か?P24~
キリスト教原理主義者を説得する遺伝子学者

2006年7月19日、ブッシュ米大統領は大統領就任以降初めて拒否権を発動した。議会を通過した胚性幹細胞(ES細胞)研究の範囲拡大を認める法案を阻止したのだ。
 ES細胞は人体のあらゆる期間へと無限に増殖していくので、失われた細胞を再生して補う治療に応用できる。そこでパーキンソン病や脊髄損傷、白血病、糖尿病、肝臓病など、それまで不治とされてきた難病が克服できると期待されていた。しかし、ES細胞は体外受精で使われなかった受精卵を「壊す」事で作られるので、受精卵を生命と考える人々、特にキリスト教保守派から激しく反対されていた。ブッシュ大統領は、聖書の言葉を文字通りに信じる「福音派」に属し、彼らを支持基盤にしているので、ES細胞研究には以前から批判的だった。
 ES細胞だけじゃない。福音派と科学の対立は近年、激しさを増す一方だ。福音派は「宇宙は神が7日間で創造した」という聖書の記述を信じているので、福音派の多い州では公立学校でダーウィンの進化論を教えることが法律で禁じられている。最近の調査ではアメリカ人の45%、つまり2人に1人が進化論やビッグバンによる宇宙の起源を信じていないという結論が出た。これがかつて世界をリードしていた科学の国アメリカの実態だ。
 そんななか「ES細胞の研究を止めてはいけない。受精卵の核を他の核に取り替えれば倫理的に問題はなくなるはずだ」と、福音派を説得し続ける科学者兼宗教家がいる。国際ヒトゲノム解読計画の代表、フランシス・コリンズ博士だ。彼はDNAに書かれた人間の設計図であるゲノムを解読するという、まさに神の領域を侵す計画を率いながら、敬虔な福音派として信仰告白の書『神の言葉/科学者による信仰の証』を著した。
 コリンズはかつて神より科学を信じる医学者だったが、27歳で医師として病院勤務していた頃、死を宣告された患者たちの心を癒せるのは科学ではないと知った。
「科学は人間が生きる意義を説明できない」
末期患者たちは宗教に救いを求めていた。疑いながらキリスト教徒たちと対話を深めていたコリンズは、カスケード国立公園にハイキングに行った時、美しい大自然に囲まれて創造主の存在を確信した。前進を貫く感動に耐えきれずその場に跪いた。「私は神に降伏したんだ」
 その後、コリンズ博士はギター片手に賛美歌を歌いながらハーレーで各地を回って福音派の若者たちを科学の道に誘っている。
 「進化や遺伝のシステムこそは偉大なる神の御業だ。それを研究するのは神への冒涜ではなく、神の探求なのだ」
 そもそも近代科学は神の創造したこの世界を知り尽くしたいという信仰心から生まれた。ケプラーもニュートンもパスカルも科学者であり神学者だった。だからコリンズ博士は変人ではなくてもっとも正統な科学者なのだ。
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by sadomago | 2008-11-30 17:28 | とりあえずノンジャンル