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2006年 02月 28日
今は無き『日之本研究ホームページ』の再現
今は無き『日之本研究ホームページ』の再現です。
http://www.asyura2.com/0411/lunchbreak4/msg/339.html
投稿者 謝寅 日時 2004 年 12 月 17 日 19:13:12:Bat5keDwZxjsQ
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by sadomago | 2006-02-28 08:16 | とりあえずノンジャンル
2006年 02月 25日
無題
食品添加物の現場[日刊ゲンダイ]
 連載1 端肉と30種類の「魔法の粉」で作るミートボール
 連載2 一滴も牛乳を.使わずコーヒーフレッシュを作る&偽造ステーキ
 連載3 回転寿司の数の子もどきイクラもどき
 連載4 一本の純米酒から10本のアル添酒・安い酒には理由がある
 連載5 安物の明太子/低塩梅干し/ハム こうして作る
 連載6 サボテンの寄生虫から抽出する着色料・一滴も果汁使わずオレンジジュースを作る
 連載7添加物の量も種類もわからない一括表示・「アミノ酸等」の「等」って何?
 連載8 パックサラダはなぜ何日も色変わりしないのか・殺菌剤のプールで何度も消毒
 連載9 とにかく「裏」の表示をチェック・「台所にないもの」が添加物
 連載10 魔法の粉…どんな味でも自由自在!即席麺スープ・添加物だけで豚骨味を作る
 連載11 添加物だけの豚骨スープのつくり方大公開!・食品というより工業製品
 連載12 加工食品の「添加物黄金トリオ」塩・化学調味料・たんぱく加水分解物
 連載13 血糖値を急激に上げる「ブドウ糖果糖液糖」・中身の10%が糖分の清涼飲料水
 連載14 極端な安売りの裏に添加物屋の“活躍”・買い物のとき「素朴な疑問」を持って
 連載15 添加物乱用をゆるしているのは消費者・便利さと見てくればかり求めてないか

食卓の向こう側・第2部 【西日本新聞】食物という毒物
「命」つなぐために
<1>もどき 安さの裏にあるものは
<2>乳脂肪率 「進歩」の行き着いた先
<3>中食 ラベルを見ていますか(豚にコンビニ弁当与え奇形・死産続出「具体名公表するとパニックになる」)
<4>異変 わが子より「わがこと

食卓の向こう側・第4部 輸入・加工知らない世界 【西日本新聞】
<1>プロローグ その常識、本当ですか
<2>塩蔵品 5年間、置きっ放しも

<7>外材和食 自給率を下げる食事
<8>マジック 「本物」との思い込み
<9>減塩信仰 減った分、増えたもの
<10>米改良剤 おいしければいい?
<11>本物 浸透するコピー食品
<12>糖分 表示で気付きますか
<13>選食力 意識高め産業育てる
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by sadomago | 2006-02-25 23:45 | 小食健康法
2006年 02月 24日
「神との対話」-個人的な真実について―Vol7
「神との対話」-個人的な真実について―<普及版>(1)
著者 二ール・ドナルド・ウォルシュ
訳者 吉田利子
2001年1月30日 初版発行
株式会社サンマーク出版

P72~
心配することはない。いままでの対話の中で、充分に理解できなかったことがあっても、まもなくすべてがはっきりわかるから。
知りたいことはたくさんあります。あるすぎるくらいです。それで、おおきなわかりやすい質問から始めたいと思います。たとえば、なぜ世界はこんな状態なのか?
 人間が何度も何度も神に問いかけてきた疑問だな。時のはじめから、ひとはそれを問いつづけてきた。この対話の最初の瞬間からあなたは、何故こんなふうでなければならないのか知りたがっていた。普通はこんな問われ方をしてきた。神が完璧であって、完全なる愛であるなら、どうして神は伝染病や飢餓、戦争、病気、地震や竜巻、ハリケーンといった天災、深い失望、世界的な災厄などをつくったのか。
この質問に対する答えは、宇宙のさらに奥深い神秘と人生のさらに高い意味のなかにある。わたしは神のすばらしさを示すために、あなたがたのまわりを完全ずくめにしたりはしない。神の愛を実証するために、人間が愛を実証する余地をなくしたりしない。
すでに説明したように、愛をしめすには、まず愛さないということが可能でなければならない。完全無欠の絶対世界は別として、それ以外では対極の存在なしには何も存在しえない。絶対の領域だけでは、あなたがたも、わたしも満足できなかった。わたしはつねにそこに 存在していたし、あなたがたも、その世界からやってきたのだ。
絶対のなかでは知識があるだけで、体験はない。知っていると言うのは神聖な状態だが、最大の喜びは、何者かで「在る」ということのなかにある。「在る」ことは、体験してのちにはじめて達成される。「知る」こと、「体験する」こと、何者かで「在る」ことの順に発達し、進化する。これが聖なる三位一体、神の三位一体である。
父なる神とは、「知る」ことだ。すべての理解の親である、すべての体験はそこから生まれる。知らないことは体験できない。
息子である神は、「体験」だ。父が自らについて知っていることを体現し、行動化する。
体験しなければ、何者かで「在る」ことはできない。
精霊としての神は「在る」ことだ。息子が体験したすべてを超越して、ただ存在する。単純に、このうえなくみごとに「在る」ということは、知ったこと、体験したことの記憶を通じてのみ可能になる。
単純に「在る」ということは至福である。神の状態、自らを知り、体験したあとの状態だ。これこそ、神がはじめから求めていたものである。
もちろん、父と息子という説明が性別とは何の関係もないことは、説明しなくてもわかっているだろう。たまたま、あなたがたのいちばん新しい書物にあるわかりやすい表現を使ったまでだ。もっと以前の聖なる書物では、母と娘という比喩が使われていた。どちらも正確ではなく、言うならば親と子というのがいちばんあたっている。あるいは、「生じさせるもの」と「生じるもの」という言い方が。
三位一体の第三の部分をつけ加えると、この関係ができあがる。
生じさせるもの、生じるもの、そして在るもの。
この三位一体のあり方が、神のしるしであり、聖なるパターンだ。三つでひとつ、それは崇高な領域のどこにでも見られる。時と空間、神と意識、微妙な関係はすべて、この形から逃れられない。
人生の微妙な関係を扱う者は、誰でもそのなかに三位一体の真実を認める。
宗教家の一部は、三位一体の真実を父と子と精霊と表現してきた。心理学者の一部は超意識、意識、潜在意識という言葉を使った。霊を扱う人びとは精神と身体と霊魂と言う。科学者の一部はエネルギーと物質とエーテルと考える。哲学者の一部は、ものごとは思考と言葉と行為において真実になるまでは、真実とはいえないと語る。時について議論するときには、過去、現在、未来の三つの時制しかない。同じく、概念的にも時は、以前、現在、以後の三つに分かれる。空間的な関係は、それが宇宙における一点を考えるにしても、自分の部屋の各地点を考えるにしても、ここ、あそこ、そしてその間と考えるだろう。ところが、素朴な関係においては、「その間」という認識はない。素朴な関係はつねに二元的であるのに、崇高な領域の関係は必ず三元的だからである。左右、上下、大小、遅速、寒暑、そして被造物のなかでは最も偉大な二要素である男女。これらの二者には、その間というものはない。一方か他方のどちらか、あるいはこうした二局的関係のなかで大きい、小さいの違いがあるだけである。
素朴な関係のなかでは、必ず対極が存在する。正反対のものが必ずある。日常の体験のほとんどはこちらにあてはまる。
崇高な領域の関係では、対極というものはない。すべてはひとつであり、一方から他方へと変転して終わりのない循環をくり返している。


>>>だから、闇のなかの光になりなさい。そして、闇のなかにいることを呪ってはいけない。
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by sadomago | 2006-02-24 07:06 | 神との対話
2006年 02月 22日
「神との対話」-個人的な真実について―Vol6
「神との対話」-個人的な真実について―<普及版>(1)
著者 二ール・ドナルド・ウォルシュ
訳者 吉田利子
2001年1月30日 初版発行
株式会社サンマーク出版

P62~
すべての要素が出現したので、時が生まれた。なぜなら、ものはまずここにあって、つぎにあそこにあるのであり、ここからあそこに移る時間は計測できるからだ。
見える部分がそれ自身を定義づけ、各部分が「相対的」になったように、見えない部分も定義づけられ、相対的になった。
神は、愛が存在するためには――そして純粋な愛である自分を知るためには――対象となるものが存在しなければならないことを知っていた。正反対のものが存在する必要があった。そこで、神は偉大なる極――愛の絶対的対極にあるもの、愛ではないあらゆるもの――を創りあげた。それが現在「不安」と呼ばれるものだ。不安が存在した瞬間、愛もまた、体験しうるものとして存在し始めた。
愛とその対極、この二元性が、人間のさまざまな神話で言われる悪の誕生、アダムの堕落、悪魔の反抗などである。
あなたがたは、純粋な愛を人格化して神と呼び、恐るべき不安や恐怖を人格化して悪魔と呼んだ。
地上のある者は、この出来事を中心とした神話を完成させようとして、天使軍と悪の戦士、全の力と悪の力、光と闇の戦いのシナリオをつけ加えた。
この神話は、人間が魂の深いところで気づいてはいても、頭では把握しきれなかった宇宙的な出来事を、自分たちなりに理解して語ろうとする、人類の昔の試みだった。
神は宇宙を分割することによって、見えるもの、見えないものを含めて現在存在するすべてのものを、純粋なエネルギーから創りだした。
言い換えれば、こうして物理的な宇宙が創造されただけでなく、形而上的な宇宙も作り出された。「わたしであり/わたしでない」という等式の、わたしではない部分はさらに爆発して無数のちいさい部分になった。このエネルギーのひとつひとつが、あなたがたが「霊」と呼ぶものである。
「父なる神」に多くの霊の子供が生まれると語っている神話がある。生命が自らを増殖させると言う人間の経験になぞらえることが、この壮大な出来事を理解する唯一の方法だったのだろう。「天の王国」に数え切れない霊が突然生まれたのだから。
このたとえで言えば、神話は究極の現実にそう遠くない。なぜなら、わたしという全体をかたちづくっている無数の霊は、宇宙的な意味でわたしの子供だからである。
自分自身を分割したわたしの聖なる目的は、たくさんの部分を作って自分を体験的に知ることだった。創造者が「創造者である自分」を体験する方法は、ただひとつしかない。それは創造することだ。そこで、わたしは自分の無数の部分に (霊の子供のすべてに)、全体としてのわたしがもっているのと同じ創造力を与えた。
あなたがたの宗教で、「人間は神の姿をかたどり、神に似せて造られた 」というのは、そういう意味だ。これは、一部でいわれているような物質的な身体がにているということではない (神は目的にあわせて、どんな物質的な身体にもなることができる)。そうではなくて、本質が同じだという意味だ。わたしたちは、同じものでできている。わたしたちは、「同じもの」なのだ!同じ資質、能力をもっている。その能力には、宇宙から物質的な現実を創出するちからも含まれている。
わたしがあなたがたを創造したのは、神としての自分自身を知るためだった。あなた方を通してしか、知る方法がなかったからだ。したがって、あなたがたを創った目的は、あなたがた自身がわたしであることを知らせるためだったと言ってもいい (昔から何度もそう言われてきた)。
これは驚くほど単純に見えるかもしれないが、同時に非常に複雑でもある。なぜなら、あなたがた自身がわたしであることを知る方法はただひとつしかなく、それはまず、わたしではないものとしての自分を知ることだからだ。
さあ、ここは注意してよく聞いてほしい。とくにややこしいところだから。
用意はいいかな?
はい、たぶんできたと思います。
 よろしい。説明を求めたのはあなただということを忘れないように。
あなたは何年も待っていた。あなたは、神学の教義でも科学的な理論でもなく、ごくふつうの言葉でたずねた。
そうです。たずねたのはわたしだというのはわかっています。


>>>たずねたからには、答えをうけとめなければならない。
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by sadomago | 2006-02-22 23:42 | 神との対話
2006年 02月 22日
光で生きている驚異の女性、ジャスムヒーンさん再来日
【メールマガジン転載】

****************************************************************
* ナチュラルスピリット・ニュース  2006.2.7  Vol.171  *
****************************************************************
http://www.naturalspirit.co.jp/


□■□光で生きている驚異の女性、ジャスムヒーンさん再来日!■□■
   ■□■イブニングセミナー&ワークショップのご案内□■□

どうして私たちはジャスムヒーンの生き方が気になるのか。
いずれ私たちもこうなる日が来る?
わかりませんが、ジャスムヒーンさんは
彼女が持つ情報と実践の経過を全身全霊でシェアしてくれます。
この機会に是非とも美しくパワフルに生きるエッセンスを
吸収したい今日この頃。
2006年は来日後も、メキシコ、ドイツ、スペイン、ベルギー、
カリフォルニア、フランス、オーストリア、スロベニア、ブラジル
でのセミナーも、軽々とこなしそうな勢いです。

■ジャスムヒーン・プロフィール
オーストラリア人。メタフィジックスについて20冊の本を出し、プラーナの栄養に
ついての分野で調査し、国際的にレクチャーを行っている。
この十数年間、ほとんど食事をとらず光(プラーナ)だけで生きている。
邦訳著書に
『リヴィング・オン・ライト~あなたもプラーナで生きられる~』
(ナチュラルスピリットより好評発売中!)
★新刊『神々の食べ物』も来日に合わせて発売準備中です!


■プログラム内容:
2006年のツアーの焦点は「効果的で楽しい進化」。それは私たちの
身体を流れるプラーナ(光)の流れを活性化することによります。
プラーナは純粋で神聖な愛です。この愛にはすべてのレベルを養う
力があります。

■2006年ツアーの内容
* 進化を遂げる旅を楽しみ、「意識のコード化」と「分子の意識」を用いる。
* 私たちの飢餓感や夢を満たすためプラーナ・プログラムの可能性を理解する。
* 満足感への源であるインナーエネルギーを有効に使う。
* 今という時を楽しみ、それと同時に時間を逆行して効果的に生きる。
* 新しい世界を輝くものにする。
* 外の世界の喜びのため、内なる世界の錬金術。
* 人間としての限界と制約からの解放 VS. 太古の叡智と未来科学の融合
* 相互次元マトリックス
* プラーナ・プログラム

■■■プラーナ・プログラム■■■

■イブニング・セミナー with ジャスムヒーン
日程 :2006年3月17日(金)
時間 :19:00~21:00
参加費:予約およびセミナー参加者 3000円
    当日 3500円
場所 :池上会館

■プラーナ・プログラム2日間セミナー
日程 :2006年3月18日(土)~3月19日(日)
時間 :10:00~18:00
参加費:45,000円(上級者セミナーも参加される場合は88,000円の割引価格です☆)
場所 :池上会館

■プラーナ・プログラム上級者セミナー
(プラーナ・プログラム2日間セミナーにご参加でない方でもご参加いただけます)
日程 :2006年3月20日(月)~3月21日(火)
時間 :10:00~18:00
参加費:45,000円
場所 :池上会館

     ↓ ↓ ↓ ↓ 

詳細はこちらのホームページをごらんください!
http://www.naturalspirit.co.jp/workshop/jasmuheen1.html

プラーナ・プログラム お申し込みページ
http://www.naturalspirit.co.jp/workshop/jasmuheen-goyoyaku.html

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by sadomago | 2006-02-22 08:12 | 小食健康法
2006年 02月 20日
「神との対話」-個人的な真実について―Vol5
「神との対話」-個人的な真実について―<普及版>(1)
著者 二ール・ドナルド・ウォルシュ
訳者 吉田利子
2001年1月30日 初版発行
株式会社サンマーク出版

P53~
愛に支えられた行動をとれば、自分はほんとうは何者か、何者になりえるのかとういう、栄光に包まれた経験ができるとおっしゃいました。そのことを、もう少し詳しく説明してくれますか?
 あらゆる生命の目的はひとつしかない。あなたがた、そして生きとし行けるものすべての目的は、できるかぎりの栄光を体験する、ということだ。
話したり、考えたり、行動したりするのもみな、この目的のためだ。魂がすることはほかになく、魂が望むこともほかにはない。
この目的がすばらしいところは、決しておわりがないことだ。終わりとは限界であり、神の目的にはそんな境界線はない。できるかぎりの栄光を体験できたら、その瞬間にもっと偉大な栄光を想像するだろう。栄光を体験すればするほど、もっと大きな栄光の可能性が開けるし、その可能性が開ければ、あなたはさらに栄光を体験できるようになる。
最高の秘密は、人生とは発見ではなく創造のプロセスだということだ。
あなたがたは自分を発見するのではなく、自分をあらたに創造していく。だから、自分が何者であるかを知ろうとするのは、もうやめなさい。そうではなく、何者になりたいかを考え、そうなろうと決意して努力しなさい。
人生とは学校のようなものだ、何かを学ばなくてはいけない、ここを「卒業」すれば、肉体というかせにしばられずにもっと大きな目的を追求できる、そう言ったひとがいます。この考えは正しいのですか?
それも人間の経験にもとづいた神話のひとつだ。
人生は学校ですか?
いや。
何かを学ぶために、生きているのですか?
ちがう。
それでは、何かのためにこの世に生きているのですか?
 自分が何者であるかを思い出すため、そして創りなおすためだ。
わたしは、何度もくり返して語ってきた。だが、あなたがたは信じなかった。それはそれでいい。
あなたがたが真の自分になぞらえて自分自身を創り出さなければ、真の自分にはなれないのだから。
 ちょっと待ってください。わからなくなりました。人生は学校というところまで戻りましょう。おおぜいの教師に、人生は学校だと聞かされてきました。それを否定されたのですから、正直に言うとショックです。
 学校とは、知らないことを教わりたいと思うとき、行くところだ。すでに知っていて、その知識を体験したいというときに行くところではない。
(あなたがたの言う) 人生とは、概念として知っていることを体験的に知る機会だ。何も学ぶ必要はない。すでに知っていることを思い出し、それにもとづいて行動すればいい。
よくわからないのですが。


>>>知っているだけでは、充分ではない。魂は体験したがっている。
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by sadomago | 2006-02-20 07:14 | 神との対話
2006年 02月 19日
やさしさに包まれたなら
やさしさに包まれたなら

作詞:荒井由実
作曲:荒井由実
編曲:松任谷正隆

小さい頃は神さまがいて
不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持で目覚めた朝は
おとなになっても 奇蹟はおこるよ

カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ

小さい頃は神さまがいて
毎日愛を届けてくれた
心の奥にしまい忘れた
大切な箱 ひらくときは今

雨上がりの庭で くちなしの香りの
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ

カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ
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by sadomago | 2006-02-19 22:52 | 音楽と生命とリズム
2006年 02月 18日
子どもたちとの対話
子供たちとの対話――考えてごらん
第一刷 1992年6月25日
第五刷 1998年8月31日
著者 J・クリシュナムルティ
訳者 藤仲孝司
発行 株式会社平河出版社

22章 愛の単純さ

 修行者(サンニャーシ)の衣をまとった人が毎朝、樹から花を集めるために、近くの庭に来ていました。彼の手と目は貪欲に花を求め、届くところの花をすべて摘みとりました。彼は明らかにその花を、何らかの死せる像、石でできたものに備えようとしていました。花は美しく、ちょうど朝日に開こうとする優しいものであったのに、彼は穏やかに摘むのではなく、引きちぎり、あくどいことに庭からあるだけの花を奪ってしまいました。彼の神には多くの花が必要でした――死んだ石の像のために多くの生きたものたちが、です。
 他に日には、男の子たちが花を摘んでいるのを眺めました。彼らは花を神様に供えようとしていたのではありません。彼らは話をしながら、思慮もなく花を引きちぎり、放っていました。君たちは、自分がこんなことをしているのを観察したことがありますか。なぜそんなことをするのかなと思います。歩きながら小枝を折ったり、葉をむしりとって、それを捨てるのです。自分のこの心ない行為に気づいたことはないですか。大人たちもまたそうします。大人たちは彼らの内なる残忍さ、生き物に対するこの驚くような不敬の、彼らなりの表現方法を持っています。大人たちは害を加えぬことについて語るのですが、それでもやることなすことが破壊的なのです。
 髪に挿したり、愛を込めて誰かに贈るために一輪、二輪の花を摘むことは理解できるのです。しかし、なぜ花をただひきちぎるのでしょう。大人たちは野心で醜く、戦争で互いに殺し合い、お金で互いに腐敗させ合っています。大人たちなりのおぞましい行動をしているのです。そして、見たところ、ここでもどこでも若い人たちは彼らの後に続こうとしています。
 先日、一人の男の子と外を歩いていて、道に石が落ちているのに出くわしました。私がそれをどけたとき、彼は「なぜそうしたのですか」と問いました。これは何を示唆しているのでしょう。それは思いやりや尊敬の欠如ではないですか。君たちは、恐怖から尊敬を示すのでしょう。目上の人が部屋に入ってくるときには即座に跳び上がります。しかし、それでは尊敬ではなく、恐怖です。なぜなら、もしも本当に尊敬を感じたならば、花をだめにはしないでしょうし、道の石をどけるでしょう。樹を育て、庭の手入れを手伝うでしょう。しかし、私たちは老いても若くても、本当の思いやりの感情をもちません。なぜでしょう。それは、愛とは何かを知らないということなのでしょうか。
 単純な愛とは何か、理解できるでしょうか。性愛の複雑さでもなく、神の愛でもなく、ただの愛、すべてのものへの接し方全体が優しくて、本当に穏やかなことなのです。家庭ではこの単純な愛は、いつもは得られません。親は忙しすぎるのです。家庭には本当の愛情や優しさはないかもしれません。それで、君たちは鈍感さというその背景をもってここに来て、他のみんなのように行動します。それで、どのように感受性をもたらせばよいのでしょうか。花を摘まないように規則を持たなくてはならない、ということではありません。というのは、単に規則で抑制しているだけのとき、そこには恐怖があるからです。しかし、どのようにしてこの感受性は生じてきて、君たちを鋭敏にし、人々や生き物や花を害さないようにするのでしょう。
 君たちはこのようなことに興味がありますか。あるべきでしょう。敏感であることに興味がないのなら、死んだほうがましでしょう――そして、ほとんどの人々がそうなっているのです。一日に三度食べ、仕事を持ち、子供をもうけ、車を走らせ、良い服を着ていても、ほとんどの人々は死んでいるようなものなのです。
 敏感でいるとはどういうことか、知っていますか。確かにそれは、物事に対して優しい感情を持つということです。動物が苦しんでいるのを見て、何とかしたり、大勢の人が素足で歩くから道の石をどけたり、誰かの車がパンクするかもしれないから道の釘を拾うのです。敏感であるとは人々や鳥や花や樹を思いやることです――それらが自分のものだからというのではなくて、だた物事のとてつもない美しさに目覚めているからです。そして、どのようにしてこの感受性はもたらされるのでしょう。
 君は深く敏感であるととたんに、自然に花を摘みません。物を壊したり、人々を傷つけたりしたくないという自然な願望があるし、それが本当の尊敬、愛を持つということです。愛することは人生で最も重要なことなのです。しかし、愛とはどういうことでしょう。その人物がお礼に愛してくれるから愛するとき、確かにそれは愛ではありません。愛するとは、何の報い求めずに、とてつもない愛情をもっていることです。君たちはとても賢いかもしれません。試験は全部受かって、博士号を取り、高い地位に昇進するかもしれません。しかし、この感受性、この単純な愛情を持っていなければ、心は空しいでしょうし、君は一生惨めでしょう。
 それで、心がこの愛の感覚に満たされることはとても重要です。というのは、そのとき君たちは破壊しないし、非情ではないし、もはや戦争はないからです。そのとき君たちは幸せな人間でしょう。そして、幸せだから折らないし、神を求めもしないでしょう。というのは、幸せ自体が神であるからです。
 そこで、どのようにしてこの愛は生じてくるのでしょう。確かに愛は教師、先生から始まらなくてはなりません。先生が君たちに数学や地理や歴史の情報を与えるほかに、心にこの愛情を持ち、それについて話をしてくれるなら――自然に道の石をどけ、汚い仕事を全部は召使にさせず、会話や仕事や遊びや食事のとき、君たちといっしょにいたり自分一人でいるときに、このふしぎなものを感じて、それをしばしば示してくれるなら、そのとき君もまた、愛するとはどんなことかを知るでしょう。
 君はきれいな肌やすてきな顔を持っているかもしれません。美しいサリーを着ていたり、偉大なスポーツマンだったりするかもしれません。しかし、心に愛がなければ醜い人間であり、それも度を越して醜いのです。そして、愛しているとき、君の顔は地味でも美しくても、輝きを持っています。愛することは人生で最も偉大なことなのです。そして、愛について話をし、愛を感じて、これを養い、宝とすることはとても重要です。そうでなければ、愛はすぐに消失してしまうでしょう。というのは、世間はとても残忍だからです。若いうちに愛を感じず、人々や動物や花を愛をもって見なければ、君たちは大きくなって、人生が空しいことに気づくでしょう。君はとてもさびしくなり、恐怖の暗い影がいつまでもついてくるでしょう。しかし、心にこの愛というとてつもないものを持ち、その深み、歓喜、忘我を感じたとたんに、君にとって世界が変容したことを発見するでしょう。
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by sadomago | 2006-02-18 22:46 | 啓示・気付き
2006年 02月 18日
「神との対話」-個人的な真実について―Vol4
「神との対話」-個人的な真実について―<普及版>(1)
著者 二ール・ドナルド・ウォルシュ
訳者 吉田利子
2001年1月30日 初版発行
株式会社サンマーク出版

P47~
親は、あなたをいちばん愛している。それなら、どうして偽りを教えるのだろう。
・・・・・思い出してみてほしい。親は、こしてはいけない、こうしなくてはいけないと叱りはしなかっただろうか。子供はおとなしくいう事をきいていればいい、うるさく口を出してはいけない、とは言わなかっただろうか。あなたが元気いっぱいなときに、たしなめはしなかったか。大胆な創造をめぐらしているときに、そんなことはやめなさいと言わなかったか。
その言葉を聞いて、あなたは、それが神のメッセージの基準にあわず、神のメッセージではないにもかかわらず、そうだと思った。あなたにとっては宇宙の神々とも思える人たちから送られたメッセージだったからだ。
愛は条件つきだと教えたのは親だ。あなたはそれをたびたび感じ取った。そしておとなになってから、その経験を愛する人との関係にあてはめる。
さらに、神との関係にもあてはめる。
その経験をもとに、わたしについて考え、その枠組みにとらわれている。「神は愛に満ちあふれている」とあなたは言う。「だが、神の戒律を破れば、永遠に追放され、永久に罰せられるだろう」と。
なぜって、親に突き放された経験があるから。親に罰せられた苦しみを知っているから。だから、わたしの場合も同じだとおもうのではないか。
あなたがたは、無条件に愛されるというのはどんなことかを忘れている。神の愛の体験を思い出せない。だから、世間で見出す愛を基準にして、神の愛も同じようなものだと思う。
あなたは「親」の役割を神に投影し、良いか悪いか判断して、褒美を与えたり罰したりする神を想像する。だが、それはあなた方の神話にもとづく、単純すぎる見方だ。ほんとうのわたしとは何の関係も無い。
こうして神の真実ではなく、人間的な経験をもとに、あなた方は神についての思想をこしらえた。そこから愛をめぐる現実のすべてが生まれた。それは不安の上にきずかれた現実で、復讐心をもった恐ろしい神と言う考え方に根ざしている。神が恐ろしいものだと言う考え方は間違っているが、それを否定すればあなた方の宗教は崩れる。それに代わる新しい宗教こそ新の救済なのだが、あなたがたは受け入れられない。
なぜなら、恐れる必要のない神、善悪をきめつけたり、罰を与えたりしない神は、あまりにすばらしすぎて、あなたがたが考える最も偉大な神にさえあてはまらないからだ。

>>>子供のころからずっと、劣った者が負けると言い聞かされてきたためだ。
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by sadomago | 2006-02-18 08:59 | 神との対話
2006年 02月 17日
代替エネルギー 【HOTWIERD:リンクのみ】
TECHNOLOGY 2006年2月13日 9:00am PT
シロアリがエタノール生産の救世主に? 代替燃料技術の現在
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20060216304.html

TECHNOLOGY 2005年8月7日 9:18am PT
光合成をヒントにしたエネルギー技術の現状(下)
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20050811307.html

TECHNOLOGY 2005年8月7日 9:18am PT
光合成をヒントにしたエネルギー技術の現状(上)
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20050810302.html

TECHNOLOGY 2005年7月22日 2:00am PT
光触媒材料で汚染大気を浄化するプロジェクト
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20050727304.html

TECHNOLOGY 2004年12月7日 2:00am PT
太陽エネルギーで水から直接水素を作る新技術、実用化目前
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20041209302.html

TECHNOLOGY 2004年9月2日 2:00am PT
新たな生成法が続々と開発される水素燃料
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20040906303.html
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by sadomago | 2006-02-17 07:50 | とりあえずノンジャンル