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2005年 12月 31日
大丈夫ですよ。これはあるべきようになっているのです Vol2
未来生療法 -運命は変えられる
2005年6月22日 第1版第1刷発行
著者:ブライアン・L・ワイス
訳者:山川紘也・亜希子
発行:PHP研究所

P66~ 
 さらにすごいことが起こりました。
 「魂の伴侶」の中で、私はほんの少し、私自身の過去世の記憶を書いています。私は二千年前のアレキサンドリアに住む裕福な一族出身の若者でした。旅行が大好きで、北エジプトや南ユダヤの砂漠を放浪し、当時、エッセネ派などの霊的なグループが住みついていた洞窟を、よく調べ廻ったものでした、実は、私の一族は彼らの生活を援助していたのです。ある旅の間に、私は少し年下の青年に出会いました。彼は並はずれて賢く、私たち二人は一緒に一ヵ月ほど旅行しました。彼はこうした霊的共同体の教えを、私よりもずっと速く吸収してゆきました。ニ人は良い友人になりましたが、最後は別々の道へと分かれました。私は大ピラミッドのそばにあるシナゴーグヘと向かったのでした。
 本にこの話を書いた時、私は残りの部分は省きました。その部分は非常に個人的なものであり、自分をほめそやすために書いたのだと、人々に思われたくなかったからでした。「イエスの時代にいたワイス博士」などと言われたくなかったのです。今、なぜこの話の続きを書くのか、すぐにわかります、これは私の物語ではなく、ビクトリアが見た物語だからです。
 私はこの友人をエルサレムで見ました、そこに、私はよく旅していました。一族のビジネスの多くは、エルサレムにあったからです。私はこの町での自分をビジネスマンというよりは、学者であるように感じました。私は依然として裕福で、この時は見事に切り揃えられた白髪まじりのひげをつけ、「様々な色のまじり合ったコート」とでも言うべき、ぜいたくな上衣を着ていました。当時も今も、そのコートははっきりと目に焼きついています。
 当時、多くの人々を引きつけ、元気づけている放浪のラビがいました。彼はそのために総督のピラトにとって脅威となり、ピラトは彼に死を宣告しました。私はこの人物が処刑場へ行くのを見ようと集まってきた群衆の一人になりました。そして彼の目を見つめた時、私はそれがあのかつての友人であることを知りました。

>>>しかし、彼を救おうとしても、もう遅すぎました。
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by sadomago | 2005-12-31 13:09 | 過去生・未来世・転生
2005年 12月 31日
大丈夫ですよ。これはあるべきようになっているのです Vol1
未来生療法 -運命は変えられる
2005年6月22日 第1版第1刷発行
著者:ブライアン・L・ワイス
訳者:山川紘也・亜希子
発行:PHP研究所


P62~
 放射線治療をしたにもかかわらず、治らないとのことでした。そして、何センチもの厚さの病気に関するカルテを私に手渡しました。痛みは絶え間なく続いていました。まるで歯茎が膿んだ時のように、容赦なく襲いかかってくるのだと、彼女は説明しました。夜はモルヒネに似た薬を何錠も飲まなければなりませんでした、それほど、痛みがひどかったのです。でも、日中ははっきりした頭脳で什事が続けられるように、苦痛をがまんしていました。まだ五十代中頃なのに、彼女の髪は痛みでまっ白になっていました。それが嫌で、彼女は髪を黒く染めていました。
 ビクトリアはワークショップの二、三日前から、薬の服用を中止していました。私の話に集中するためです。
しかし、彼女はこう質問しました。
 「薬なしで、5日間もつでしょうか? 救急車で家に戻ることになるかもしれません」
 「できるだけやってみて下さい。でも、あなたが途中でやめなければならない時は、それでけっこうですよ」と私は言いました。
 彼女は五日間、すべてに出席しました。そして最後の日、報告書を持って私のところにやって来ました。その報告があまりにもすばらしかったので、他の人々に読んでもいいかと、私は彼女にたずねました。その五日間に、彼女は何回か過去世に、それもイエスの時代のエルサレム近郊で起こった過去世へと戻る体験をしたのです。彼女は貧しい農夫で、大きな腕と肩を持つ、たくましい男でした。しかも、霊的に敏感で、鳥や動物を愛していました。彼は道ばたの木の家に妻と娘と一緒に、誰の邪魔もせずに暮らしていました。ビクトリアは娘が誰かわかりました。彼女は今の人生でも、ビクトリアの娘でした。ある目、男は翼が折れて鳴いているハトを見つけ、ひざまずいて介抱しようとしました。王宮警護のエリート軍団と一緒に行進してきた一人のローマ兵が、この男が自分たちの行く手をふさいでいるのを怒って、彼の背中を肋骨が何本も折れるほど、ひどく蹴りつけました。軍隊の他の男たちは彼の家に火をつけ、妻と娘を殺してしまったのです。残虐なローマ兵に対する恨みと憎しみが彼の中で赤々と燃えさかりました。その時から、彼は誰も信じなくなりました。彼の背中の傷はいっこうに治りませんでした。
 肉体的にも精神的にもボロボロになって絶望した男は、エルサレムの城壁の中にある神殿の近くに移り、掘立て小屋に住み、自分で作った野菜で辛うじて命をつなぎました。頑丈な木の杖か、唯一の家畜であるロバに頼って歩くことができるだけで、働くことはできませんでした。
 人々は彼をおいぼれだと思っていましたが、ただひどく打ちひしがれているだけでした。ある時、ヒーラーとして有名になりつつあるラビの情報が、彼の注意を引きました。そして、男はこの人物の説教を聞くために――――それは山上の垂訓でした――――、ずっと遠くまで旅をしました。癒されるだろう、なぐさめられるだろうとは少しも期待してはいませんでしたが、やはり好奇心があったからでした。ラビの弟子たちはこの男の姿にぎょっとして、彼を追い払いました。彼はヤブの後ろに隠れましたが、*イエシ(イエシュアのこと)と目を合わせることができました。「まるで、無限の慈悲がこもった底無しの光を見ているようでした」とビクトリアは言いました。
 イエシュアは男に言いました。「私の近くに来てもいいのですよ」男はその日ずっと、彼の言葉に従いました。

>>>*ビタトリアは彼のことをイエシと呼びました。
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by sadomago | 2005-12-31 09:19 | 過去生・未来世・転生
2005年 12月 28日
ゼロポイント・テクノロジー
フラワー・オブ・ライフ
 古代神聖幾何学の秘密 第1巻
2001年12月25日 初版発行
2005年7月15日 第4刷発行
著者:ドランヴァロ・メルキゼデク
訳者:脇坂りん
発行:株式会社ナチュラルスピリット

p318~
○付記 Update
テスラ(ニコラ・テスラ。19~20世紀にかけて活躍したフリーエネルギー研究家)の時代から、政府はゼロポイント・テクノロジーの普及を許しませんでした。何故でしょう?それは、テスラはゼロポイント・テクノロジーから尽きることのないエネルギーを引き出せるのを知っていたで、無償で世界中に供給しようとしたのです。しかし、銅の採掘場をたくさん所有していたJ・P・モルガン(米国の金融資本家)は電気がただになってほしくはありませんでした。彼は電気が銅線を伝わるようにさせて計量できるようにし、公共料金を撤収しようと目論んだのです。テスラは葬りさられました。世界はそれ以降ずっとその支配下にあります。
 1940年代のその当時より、ゼロポイントを研究したり、公表した者たちは殺されるか消されるかしました。――つい最近までは。しかし1997年に、「ライトワークス」というビデオ会社が秘密裏にこれら何人かの科学者の研究をまとめてビデオにしました。
 そのビデオでは1940年代から何が起きていたのかという史実を伝え、実際に使える発明品モデルの数々をはっきりと紹介しています。たとえば、いったん作動しはじめたら消費電力以上の電気を作り出すものや、まったく充電する必要の無いバッテリーなどがあります。また、普通のガソリンの代わりにただの水を使ってより強力なエンジンにする技術、外気ガマイナス72℃以上なら水を永遠に沸騰させ続けられるパネル、その他にも今日の科学レベルでは不可能とされている数多くの科学的発明を紹介しています。
 ライトワークスはこの仕事を完成させると、ある日いっきにビデオを公開し、ウェッブサイトに情報を掲載しました(“Free Energy:The Race to Zero Point,”105 minute video b Lightworks +01(800)795-8273,, “www.lightworks.com”)
これは世界中に方向転換を迫りました。その2週間後、日本とイギリスの両国が冷却核融合の問題を解決しつつあると発表しました。世界はかわりはじめています。
 1998年2月13日、ドイツは永久に400ワットの電力を作り出せるという、炭素の薄いシートを用いたフリーエネルギー装置に世界特許を発行しました。これを使えば、たとえはコンピューターやヘアドライヤー、懐中電灯などという小さな電気器具はすべて、壁にプラグを差し込む必要がなくなるということです。古いやり方の終わりであり、尽きることのないフリーエネルギーの誕生です。
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by sadomago | 2005-12-28 07:53 | とりあえずノンジャンル
2005年 12月 25日
ケルト:リンク
黄昏の住処
http://www.h6.dion.ne.jp/%7Eannwn/top.html
  ケルトの書
  http://www.h6.dion.ne.jp/~annwn/bookc.html

目次 ・ケルトとは  ・ケルトの宗教  ・ケルトの暦

 ・ケルトとは
ケルトとは、中央ヨーロッパより派生し、徐々にヨーロッパ全土に広がった一連の部族である。
彼らは純粋な人種的グループではなく、共通の言語や文化によって定義された。
「ケルト」とはのちの総称で、彼らは自分たちを「ケルト」とは呼んでいなかった。
ケルト人の中でも、ブリテン諸島に定住した者たちを「島のケルト人」と呼び、彼らは比較的他人種の攻撃などによる影響が少なく、特にローマ人の侵略の手が及ばなかったアイルランドでは、ケルトの伝統が色濃く残されている。

 ・ケルトの宗教
ケルトの宗教はドルイド教で、これはケルト人のエリート階級の宗教だった。
ドルイドとは創始者の僧の名で、「オークの木の賢者」という意味だと考えられている。
ちなみにドルイド教は呪術的宗教で、それを行う僧、いわゆる魔術師もドルイドと呼ぶ。
ドルイドたちは、実際には3種類に分かれていて

・バード(吟遊詩人) ──────
教えを文字に残さなかったドルイドたちの基礎。
彼らは大量の詩を記憶し、部族や英雄の伝承を歌い、人々に伝えた。

・オーヴィット(自然学者、予言者)──────
薬草や樹木の医学的、魔術的な使用法を学び、時を越えて未来を見て予言したり、過去を見て
祖先の霊たちと会話したりもした。

・ドルイド(魔術師) ───────
伝説的には霧や嵐も起こすことができた。彼らは裁判官や立法者であり、ケルト社会では王にも匹敵する力を持っていたという。
に、分類され、バードとオーヴィットとしての経験を積んだ者だけがドルイドになれた。

 ・ケルトの暦
ケルトには昔から「ケルト暦」というカレンダーが伝わっていて、一年に8つの祭りがあった。
ケルト暦で一年の始まりは、
10月31日の「サウェン」である。そして
12月22日の「ユール」、
2月2日の「イムルク」、
3月22日の「オスターラ」、
5月1日の「ベルティン(又はベルティナ)」、
6月24日の「ミッドサマー」、
8月1日の「ルーナサ」と続き、最後は
9月22日の「メイボン」。
この8つの祭りは、二つに分けることができる。すなわち、サウェン、イムルク、ベルティン、ルーナサの第一グループと、
ユール、オスターラ、ミッドサマー、メイボンの第二グループである。
第一グループを中心に、そこから春分の日や秋分の日というように、第二グループが間に入る。
サウェンというのは、太陽が一番沈んだ時である。(本当はサウェンは11月1日で、10月31日はイブだが)
ケルトでは、「最後」を大切にする。暦も同じで、季節の一番底「暗いところ」から始まるのだ。
なのでケルト暦では、サウェンが一年の始まり・・・日本でいう1月1日にあたる。
ケルト暦では「太陽」が中心になっている。下の図を見ていただきたい。

<続きはリンク先でご覧ください>
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by sadomago | 2005-12-25 16:04 | とりあえずノンジャンル
2005年 12月 25日
ホログラフィック・パターン
投影された宇宙-ホログラフィック・ユニヴァースへの招待
1994年5月20日 初版第1刷発行
2005年4月25日 新装版第1刷発行
著者:マイケル・タルボット
役者:川瀬 勝
発行:株式会社春秋社

THE HOLOGRAPHIC UNIVERSE by Michael Talbot
Copyright(C)1991 by Michael Talbot

P234~
カオスのホログラフィック・パターン
 カラグラの調査が行われた以降に起こった変化は、自分のこのような能力を公にしてもいいとういう医師が増えてきたことだけではない。ここ20年間にわたり、UCLAの理学療法士であり筋運動学の教授であるヴァリレー・ハントは、人間の気場の存在を実験で立証する方法を開発してきた。医学の分野では、人間が電磁的な生物であることはすでに長い間知られていた。医師は日常的に心電計を用いて心電図(EKG)をとり、心臓の電気活動を記録しているし、脳の電気活動を示す脳電図(EEG)をつくるのに脳波電位記録計も用いてもいる。ハントは、筋肉内の電気活動を計測する装置である筋電位記録計が、人間の気場の持つ電気をとらえられることも発見したのである。
 ハントの研究は、当初人間の筋肉の動きに関するものだったが、自分の気場を踊りに役立てているいう、あるダンサーに出会って以来、彼は気場に関心をもつようになった。この出会いからハントは、彼女が踊っているときにその筋肉の電気活動を筋電図(EMG)にとってみることを思いつき、またさらに、治療を受けている者の電気活動に治療者(ヒーラー)がどういう影響をおよぼすのかを調べることを思いつくに至った。やがて研究対象は人間の気場が見える人たちを含むまでに広げられ、その結果、彼女はもっとも重要な発見をするこになったのである。

More>>>通常、脳の電気活動の周波数の範囲は毎秒
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by sadomago | 2005-12-25 15:42 | ホログラム、波動医学
2005年 12月 24日
「サンタクロースっているんでしょうか?」
「サンタクロースっているんでしょうか?」
1977年12月初版  1刷
1985年12月初版 41刷
1986年10月改訂版 1刷
2004年10月改訂版95刷
訳者 中村妙子/画家 東逸子
発行所:偕成社


あとがき
 「サンタクロースって、いるんでしょうか?」
 これは、今からほぼ百年も前に、アメリカの『ニューヨーク・サン』新聞にのった社説です。いまでは古典のようになって、クリスマスの時期が近づくと、アメリカのあちこちの新聞や雑誌にくり返し掲載されるということです。
 これを書いたのは、フランシス=P=チャーチ(1839~1906年)という同社の記者でした。この人について、当時の編集長は、回想録に、「人間生活のあらゆる面について、ふかい洞察力とするどい感受性をそなえた人物だった。」と書いています。まやかしや不正をどこまでも追求する記者魂とともに、ゆたかな想像力と暖かい同情心をそなえていたようです。
 ある日編集長はチャーチに、幼い筆跡で書かれた一通の手紙をわたして、この子への返事を社説に書いてみないかといいました。8歳の子供への手紙を社説に? チャーチは、はじめぶつぶついいましたが、やがて机に向かって書き上げたのが、これだったのです。
 バージニアのお父さんは、警察関係のコンサルタントもつとめる外科医でした。たぶん小さな娘の率直な質問にたじたじとして、「サン新聞にきいてごらん。」といったんでしょうね。
 成長したバージニアは教職につき、引退する前の三年間は、ブルックリンの公立学校の副校長をつとめました。この学校は、長期にわたって入院生活を送っている子供たちのための学校でした。
 バージニアが1971年に81歳で亡くなったとき、『ニューヨーク・タイムズ』は「サンタの友だちバージニア」という見出しで彼女に一文を捧げ、「アメリカのジャーナリズムにおいて、もっとも有名な社説が書かれるきっかけとなった、かつての少女」と記してその死をいたんでいます。
 21世紀の今日、物質文明が目覚しい発展をとげているいっぽう、東西南北どこの国、それぞれむずかしい問題をかかえているいま、日本の子どもたちに、またバージニアと同じに かつては確かに子どもであったおとなの方がたに、装いをあらためたこの本をお届けしたいと思います。:中村 妙子
1897年9月21日 ニューヨーク・サン新聞「社説」
 
 ニューヨーク・サン新聞に、このたび、つぎのような手紙がとどきました。さっそく社説でとりあげて、おへんじしたいとおもいます。
 この手紙をさしだした人が、こんなに大切なしつもんをするほど、わたしたちを信頼してくださったことを、記者いちどう、たいへんうれしくおもっております。
きしゃさま
 あたしは、8つです。
 あたしの友だちに、「サンタクロースなんていないんだ。」っていっている子がいます。
 パパにきいてみたら、
「サンしんぶんに、といあわせてごらん。しんぶんしゃで、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、たしかにいるんだろうよ。」と、いいました。
 ですから、おねがいです。おしえてください。サンタクロースって、ほんとうにいるんでしょうか?

バージニア=オハロン
ニューヨーク市 西95丁目115番地



バージニア、おこたえします。
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by sadomago | 2005-12-24 23:59 | 啓示・気付き
2005年 12月 23日
ウランの神に祈る
明窓出版
http://meisou.com/
http://meisou.com/books_data/00019/00019.htm
宇宙心 立ち読みOKページ
鈴木美保子 著
明窓出版

<前略>
 旅は「特急やくも」で島根の出雲大社へと続きます。ここには厳かな古代の神様がいらっしゃいました。ちょうど運良くお神楽の舞を見ることができて、神代の時代に戻ったかのような気分になりました。大社から歩いて日本海に沈む日の入りを見に行きました。ちょうど村の猟師たちのお祭りで、神主たちが祝詞を唱え、大漁祈願でしょうか、笛や太鼓が夕闇に鳴り響き、猟師たちが神主さんから杯を受けていました。
 夜、宿の女将さんに美保神社への行き方を尋ね、翌朝、教えてもらった通りに何とか列車と渡り船を乗り継いで島根半島の先まで行ってみようと思っていました。美保神社だなんて、何だか自分の名前と縁がありそうな気がしてS先生にお聞きすると、「あんたは行かなくちゃならん」と助言していただいていたからです。そうしたら夜分、部屋をノックする人がいます。さっきの女将さんです。「美保神社に行きたい人がいるって話をしてたら、階下のYさんが、ちょうど隠岐の島に行くから車で乗せて行ってあげるって言ってるけど……」とのことです。「渡りに舟」とはまさにこのことです。
 翌朝、この親切なYさんは、私を美保神社の真ん前まで連れて行ってくれたのでした。おかげで汽車と舟の旅の数時間をセーブすることができました。そこには人っ子一人おらず、私は神様とのゆっくりした、とてもいい時間を過ごすことができ、いろいろな個人的メッセージもいただきました。ここ美保関町には九二年に宇宙から隕石が人家に落ちた場所でもあります。
 それから福岡では、友人が宗像神社へ連れて行ってくれました。清清しい大きな社が印象的でした。これほど集中して神社やお寺を回ったことはこれまで一度もありませんでした。それぞれの神々様の手応えのようなものをインスピレーションで感じさせていただきました。足固めをするとは、こうして自分で足を使って回ることなのかと思い、S先生の偉大さがいっそう身に沁みて感じられたのでした。

<中略>

予言の岩の前での儀式のときのことです。雲ひとつない抜けるような、紺碧の空をバックに、巨石の前でSさんが、両手を大きく広げて祓い清めの祝詞を唱えました。

「祓い給えよ、清め給え
 磨き給えよ、光らせ給え
「神と共に、神と共に、
 光と共に、光と共に、
 自然と共に、自然と共に…………」

「世界が平和でありますように
 万類が安泰でありますように
 地球が安泰でありますように
 人と自然が和合をとり
 人々が直く清く正しき真心を持ちますように
 地球よ、永遠であれ
 自然よ、永遠であれ
 宇宙よ、永遠であれ、
 神々様よ、とこしえに、とこしえに永遠であれ…………」

 美しい旋律がホピの聖地に響き渡ります。そして先住民の神に、ホピの神に、この土地の神に、そしてウランの神にまで、たたみかけるような、語りかけるような祝詞がSさんの口から出てきます。地球が、人類がここまできてしまったことへの謝罪、先住民たちの迫害された長い歴史へのねぎらい、毎回同じお経とは違って、Sさんの祈りは同じものは二つとてありません。祈りの作法みたいな形はなく、ただ心の底から胸に湧いてくる思いを切々と祈られるのです。悪の根源みたいなイメージになってしまっているウランにすら、Sさんは謝罪しました。悪い汚名を着せてしまって申し訳ありません、悪いのはウランではなく、それを悪の方向に使った人間の心なのです、と。

More>>>私はウランに謝る人を初めて見ました。
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by sadomago | 2005-12-23 10:23 | 啓示・気付き
2005年 12月 23日
ひかりちゃんの話(クリスタルチルドレン)
Silver Ring
http://homepage2.nifty.com/silverring/index.htm

ひかりちゃんの話1

今朝、車でひかりを保育園に送っていく時のことです。
ひかりは、Fちゃんのカセットテープが好きで、
今朝もケースを手にとって、Fちゃんを眺めていました。
それから、しばらくして
「おかあ?なんか、かくもんない?」と聞きました。
ごめん、ないなあ、何描くの?っと聞くと
「えすさま(イエスさまのこと)描こうと思って」とひかり。
そうか、きっととっても素敵なえすさまが描けたろうなあ、と、わたしが言うと。

「おかあは、えすさまのこと、もう覚えてないやろ?
ひかりは、まだ覚えてるで。
なが~い髪でなあ、おへそが見えてるねんで、そしてな、しろ~いんやで。
えすさまはな、しろいひかりのたまといつもいっしょにいててな、
みんなのことながめてるんやで、
ひかりたちもいっしょに見てたで、ああーちがうちがう!とか言いながらな。
そして、人って死ぬやろ、人は死んだらすぐからだから抜け出して
えすさまの、しろいひかりのなかに入るねんで、
そしてな、すぐに、ひゅってな、べつのところに行けるねん。
行きたいところに、ひゅって、行くねん。

そしてな、人のからだにもどっていくん。
あ、この人、って思ったらな
ひゅって、新しい命になって人の体にはいるやろ。
わかる?新しいいのち。新しいいのちになるねん。
でな、その人のおなかがだんだん大きくなってな、
おんぎゃあーって、な、生まれてくるん。
そのときな、だんだんだんだん下に落ちていってな
おんぎゃあーって!!うまれてくるん。おしまい。な。」

わたしは、ずっとうなずきながら聞いていました。
そして、
ひかり、おかあが元気ないときに、きっと今の話聞かせてくれる?
と聞きました。

すると、「うん、聞かせてくれる。覚えるようにしとく」って。

わたしは、涙がつぎつぎ流れました。
そして、胸がきゅーって痛んで、声を出して泣きたいほどでした。
運転中にどうしようと、思ったら
うまい具合に渋滞で、赤信号になりました。

きっと、もうひかりは言ったしりから忘れます。
もう二度とこの話を聞くことは無いと思います。
だからこそ、
だれかと、共有したいと切に思いました。

聞いてくれて、ありがとう、です。

More>>>ひかりちゃんの話2
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by sadomago | 2005-12-23 08:05 | 子供達
2005年 12月 22日
クリスタル・チルドレン
脇坂りんのホームページ
http://www.1love1world.sakura.ne.jp/index.htm
クリスタル・チルドレン
http://www.1love1world.sakura.ne.jp/cr-child.htm

ナチュラルスピリット社から刊行されている「インディゴ・チルドレン」の本がありますが、インディゴ・チルドレンは1970年代半ばからたくさん地球に輩出されている、肝機能等の人間としての機能自体が、旧地球人の私たちと異なる、肉体的にも精神的にも新人類といえる子供たちのことです。
うわーーっ、本気でこんな風に新人類が出ちゃってるのーっ!?などと驚いておられる方々、そりゃすでにかつての話だよというようになってきてます。
この10年ほどの間に生まれてきた子供たちにはクリスタル・チルドレンたちがたくさん輩出されているようなのです!!!
クリスタル・チルドレンは、現在究極のアセンション・ワークを教えているアルトン・カマドン氏の話によれば、彼らは本当はもうちょっと後から生まれてくるはずだった種の子供たちなのだそうですが、現在の地球の大変化(人類の精神的な変化や環境の変化やアセンションの準備による波動の変化等)ゆえに、予定よりも早めにこの特殊な子供たちを地上に輩出させることになったそうです。
クリスタル・チルドレンは怒涛にエーテル体質が強調されており、すでにプラーナを吸収することで栄養を保持していられるので、物質的な食事を(水も固形物も)ほとんど取らないのが当たり前なのだそうです。
つまり、植物も動物も殺して、犠牲を出しながら自分の栄養補給の足しにするというカルマを生み続けるサイクルとは実際におさらばしつつあるジェネレーションナわけです!
アルトンの子は、一日に食パンの四分の一もむりむりに食べたら、もうあとは何も入らなくなってしまうようで、食物の話をしているだけでも嫌悪感を感じているようであるそうな。

More>>>もちろん生まれてからそうで
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by sadomago | 2005-12-22 22:51 | 子供達
2005年 12月 22日
質問です!
KA SYSTEM カー・システム受講者のためのブログ
http://ameblo.jp/kasystem/
http://ameblo.jp/kasystem/entry-10001385647.html#cbox

テーマ:質問です

謎に思われたことや、質問疑問がいろんなことにあると思います。みんなで頭を寄せ合えば、答えは出やすいはず~♪
というわけで、ご質問のある方は書き込んでください。
どもっ!!
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■質問・・・かな?
今日、またもや娘の問題で病院に行っておりました。何のこたぁない、成長痛だった訳なのですけどね。で、めちゃくちゃ総合病院でしたし、居心地悪まくりで・・・もう、個人ワークでなく病院丸ごとワークをしたわけなのですな・・・・
んでね、そのときに、一連の意図を図ってワーク始めたら、泉の源泉のごとく、湧いてくるネガティブがあったのよ・・・
こういった場合、そこを集中的にワークもしたけれど、蓋してていっ、ってのもありなのかしらね?蓋すると後で爆発しそうだし、ワークしていると切りがなさそうだし・・・・ねぇ?
mayard23 (2005-05-25 14:56:37)

■返信■質問・・・かな?
このワークは、設定した時点で放置しても自動的にワークが一段落するまで継続していくように設定して脇においていけちゃう代物ですから、当然一段落すれば消滅します。
私も日本発の気持ち悪いホラー関係もの公害を無くさんと、気がつけば何度でもワークしてますねえ。
全体的に変化してても、一段落までしたあと、またもや融合意識レベルでみんなが「そうありたい・興味ある」という意識がもこもこっと出てくると、またもや同じ問題を引っ張り出してきて、まるでカビの温床のようにその問題がしつこく消滅しないで浮上してくるということがおきます。
かかわる人数が多ければ多いほどその傾向はあるのが現状。
ただし、確実に元に戻りきると言うことはないといえます。ここがヒーリングの素晴らしいところ。
だから、何度もやんなきゃいけないのってめんどくさい~と思っても、気づいたときにどんどんワークすることを続けていけば、必ず何かしら変化はしていきますよ。
なぜ一段落するところまでしかワークしちゃいけないの?と言う答えは、しつこくこちらの意思を押し通すのは、ヒーラーとして絶対してはいけない「強要」になるからです。
ヒーリングのスタンスは、あくまで受け手が主役。私たちはサポート側なのです。
あとね、そういう場合はトランケートしても良い?と尋ねて、OKが出たらばりばりトランケートすると変化がすばやいです。
お試しあれ!
kasystem (2005-05-25 19:51:16)

More>>>■ちびっと悩んでおりやす
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by sadomago | 2005-12-22 19:53 | スピリチュアル・ヒーリング