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2005年 10月 31日
「モモ」 ミヒャエル・エンデ
「あの人たちは、私に何かするつもりなのかしら?」モモはびっくりしてききました。
「そうらしいね。」と、マイスター・ホラはため息をつきました。
「どうしてなの?」
「おまえをおそれているんだ。なにしろおまえは、彼にとっていちばんこまることをしたんだからね。」
「あたし、なにもしやしなかったわ。」
「いや、したんだよ。彼らのなかまのひとりに、ほんとうのことを白状させてしまった。そしてそのことを友達にしゃべった。しかもみんなで、灰色の男たちの秘密をおとなたちに知らせようとした。これだけすれば、おまえが彼らの不倶戴天の敵になるのにじゅうぶんだと思わないかね?」
「でも、カメとあたしは、町のまんなかを通ってきたのよ。もしあの人たちが探しまわっているんなら、かんたんに見つけられたはずじゃない。それに、とってものろのろ歩いてきたんですもの。」
マイスター・ホラは、足もとにまた来ていたカメをひざに抱きあげて、首すじをなでてやりました。
「どうかね、カシオペイア?」と、彼は笑いながらききました。「あの連中は、おまえたちをつかまえられたはずかね?」
カメは甲らに、「イヤ ゼッタイニ!」という文字があらわれました。その字はとてもゆかいそうにきらめていて、まるでクスクスわらっているようです。
「カシオペイアはね、」と、マイスター・ホラは説明しました。「少し先の未来を見通せるのだ。ずっとさきまでとはいかないが、それでも半時間くらいさきのことならね。」
「セイカクニ!」とカメの甲らに文字が出ました。
「ごめん、ごめん。」と、マイスター・ホラは訂正しました。「きっちり半時間だ。30分さきまで起こることなら、確実にまえもってわかるんだよ。だからもちろん、たとえば灰色の男に出くわすかどうかも、ちゃんとわかるんだ。」
「まあ、すごく便利なのね!」と、モモは感心して言いました。「どこで灰色の男に出あうかがわかってれば、べつの道を行けばいいんでしょ?」
「いや、ことはそんなにかんたんじゃないんだよ。まえもってわかるといっても、起こることを変更は出来ないのだ。ほんとうに起こることだけが、わかるにすぎないのだよ。つまり、どこそこで灰色の男に出あうとわかったら、やっぱりじっさいに出あうのだ。そればかりは、カシオペイアにもどうしようもない。」
「どうもわからないな。」とモモはすこしがっかりして言いました。「それじゃ、未来が見とおせたって、何の役にもたたないじゃないの。」
「いや、そうでもないよ。たとえばこんどの場合、これこれの道を行けば灰色の男に出あわないということがわかっていたのだ。それだってなかなか役にたつじゃないか、どうかね?」


「モモ」
ミヒャエル・エンデ
岩波書店
1976年 9月24日 第一刷発行
1987年12月 5日 第34刷発行 
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by sadomago | 2005-10-31 22:58 | とりあえずノンジャンル
2005年 10月 31日
「あるがままに生きる」 足立幸子 ・3
そして親さえも、自分で選んで生まれてきています。
私は「なぜこんな親のところに生まれてきたんだろう」とずっと思っていたのですが、結局親も自分が選んで生まれてきたことがわかりました。
それまでは人のせいにして、自分から逃げていましたから本当にショックだったのですが、親さえも「この親でこういうことを体験して味わおう」と選んで生まれてきたのですね。
向こうから勝手に来るなんてことは、いっさいありません。
今まで出会った方は全部、ご自分が何かを味わう必要があって引き寄せられたわけですから、誰のせいにも出来ませんね。

では何の為に肉体を持って地球に来たのかといいますと「ベルリン天使の詩」(木のひげ※=シティ・オブ・エンジェルがリメイク版)という映画があるのですが、この映画は天使の側から見た時は画面が白黒に映り、人間の側から見たときはカラーで映るのです。
そして天使がサーカスに出ている女性に恋をして、女性の体に触れるのですが、肉体がないので触覚がありませから、女性の体が柔らかいのか硬いのか、冷たいのか暖かいのかわからないわけですよ。
それでそうしても感覚を味わいたくて、羽を捨てて堕天使になって、冬のベルリンに降り立つという話なのです。
天使が人間として始めて、ホットコーヒーを飲みます。
そしてカップに触って、「熱いというのは、こういう感じなんだ」と知るのですね。
このように肉体を持つことによって感覚や感情をもつわけで、私達は「楽しいとはどういうことか、嬉しいとはどういうことか、悲しいとはどういうことか、苦しいとはどういうことか」と、味わう為に肉体を持って地球にきたのですから、ジックリ味わったほうがいいと思います。
楽しいことならジックリ味わうのですが、イヤなこととなると急に人のせいにして逃げてしまいますが、イヤなことも味わう為に地球に来たのですから、ジックリ味わって、そしてそれをクリアーして次に行くのがいいですね。
逃げるとやり残しをつくるわけで、それは絶対いつかやらなければいけないのです。次に来た時には、段々きつくなっているような感じがします
来たことは全部意味があって来たのですから、いっさい逃げないで、来たときに全部受け入れて、ジックリ味わった方がよろしいのではないかと思います。

例えば、トラブルは、自分を成長させる為に来るのですね。
≪深い部分の自分≫が、「そろそろ成長させてやろう」ということで、問題を与えるのです。
ですからイヤなことが来れば、「これをクリアーすれば、また次にジャンプ出来る」と考えられるといいですね。
そしてクリアー出来ないような問題を、引き寄せるわけがないのです。
同じ波動どうししか同調しませんから、その方の器に相応しい問題しか来るわけがありません。
全ての問題は、必ずクリアー出来るから来ていますので、とにかく逃げないで、来たものは全部受け入れて下さい。
でもたまに、一人ではクリアー出来ないような問題も確かに来ます。
それは、そこで逃げるかどうか、試されているのだと思いますね。
【お試し】はいっぱい来ます。
私も以前あったのですが、「今回の問題は、ちょっと一人ではクリアーできないな」と思いましたが、「いやいやクリアー出来ない問題がくるわけない」ということで、「どうぞ」という感じで受け入れたのです。
その時は確かに一人では無理だったのですが、本当に一人では無理な場合には、サポートして下さる人を引き寄せますね。
それで、なんなくクリアーしてしまいます。
ですから逃げなければ、本当に奇跡のようなことが簡単に起こりますから、とにかく逃げないでください。


あるがままに生きる 1  2 3


あるがままに生きる  足立幸子

 1994年10月 3日 第 1刷発行
 2004年10月18日 第24刷発行
 七賢出版株式会社
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by sadomago | 2005-10-31 14:35 | 過去生・未来世・転生
2005年 10月 31日
「あるがままに生きる」 足立幸子 ・2
すべての現象はあなたが出している波動に同調して来る。


基本的にはこういうことなのです。
全てのものは、みんな波動を出しています。
そうしますと自分から出ている波動と同じ波動のものが同調して、自分の方に引き寄せられるわけです。
こういうことで、「自分に出来無いことが来るはずがない」と言っているのですね。
自分の器に相応しいものしか、来れないのです。
ですから何か思った瞬間に、その内容の波動が出るのです。
自分から出た波動と同じ波動のものを同調して引き寄せるのですから、これがわかりますと、否定的なことは恐くていっさい思えなくなりますね。
よく「私はこの頃良いことが全然ない」とおっしゃる方がおられるのですが、これはご自分がそういう波動を出しておられるから、同じ波動の状況を引き寄せているだけですので、いっさい人のせいには出来ないわけです。
勝手に向こうから悪いことが来るように言われる方が多いのですが、とんでもない話で、全部ご自分の責任です。
自分の中にない波動を引き寄せるわけが無いのです。
今年は経営者の方にお話することが多いのですが、経営者の方が「うちにはロクな社員しか来ない」と言われますが、ご自分にそういう波動があるから、そういう社員の方が来られるのですね。
ですからそう言う社員になるべく来て欲しくないと思われれば、その社員の中のイヤだなと思われる部分は、ご自分の中のどれだとズーッとチェックされていかれますと、必ずしも同じ形ではないのですが、「あっ、自分の中のこの部分だ」と見えてくるはずです。その部分をなくせばいいのです。
そうすれば、そういう社員は寄って来れなくなりますね。
ですから回りのおられる方は、全員ご自分の鏡です。
その方達は、ご自分の中にあるものと同じものを必ずもっておられるから、側にいらっしゃるわけです。
家族でも、友人でも、社員でもそうです。
ご自分と同じ波動を必ず持っている人が寄ってくるのですから、周りの人は全員ご自分の鏡なのですね。
このように、自分から出ている波動と同じものを引き寄せているのですから、世の中で起こることは全部自分のせいで、いっさい人のせいには出来ないということです。


あるがままに生きる 1 2  3

 
あるがままに生きる  足立幸子

 1994年10月 3日 第 1刷発行
 2004年10月18日 第24刷発行
 七賢出版株式会社
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by sadomago | 2005-10-31 14:10 | ホログラム、波動医学
2005年 10月 31日
「あるがままに生きる」 足立幸子 ・1

-子供をダメにしたのも、私が育て方を間違ったからでしょうか。

ダメにされたのではなくて、お母様の色に染めようとされたから、お子様が反発されたのだと思います。
一人一人固有の波動をもっているといいましたでしょ。
色に例えますと、固有の色を持っていて全員違うのです。
一人として同じ色の人はいないのですよね。
今、子供達が、どんどん変わってきています。
それは、マンガの刺激がすごいのです。
マンガ家の方にはかなり波動の高い方がいらっしゃいますので、やはり閃きで情報が入っているのだと思うのですね。
それでマンガで凄いことを表現しておられますので、子供達がそれに刺激を受けて、宇宙の本質がわかってしまったのですよ。
ところが親が全然わかってないですから、相変わらず自分の枠に子供をはめようとして、子供達をおかしくしてしまっているのですね。
それで「何とか親の意識を変えなきゃいけない」ということで、去年は主婦の方が私のターゲットで、主婦の方に何度もお話したのです。
その時によく「上の子供は自分の言うとおりになるのですが、下の子供は全然言うことを聞かない。どうしたらようでしょう。」と聞かれました。
それは例えば、お母様の色が赤だとしますね。
上のお子様は、オレンジかなんかで、色が近いのですよ。
ですから、お母様は自分の色に染めやすいわけです。
ところが下のお子様は、全然違う色なのですね。
ですからこれを染めようとしたら、その子をおかしくしてしまいますよ。
染めることは無理なのです。
ですから本当にそれぞれ色が違うわけですから、染めようとしないことですね。
色が違うことを認めた上で「この子の色のままで、世の中で自分をうまく表現させてあげるには、私はどういうサポートが出来るんだろう」というふうにとらえられればよいわけです。
自分の色に染めようとするから、子供の本当の色を濁らせてしまって、お子様はおかしくなるし、お母様も無理に苦しんでおられるのですよ。
染めようとされなかったら、本当に楽ですからね。
一人一人色は違うのですから。

私の母親は子供を人と比較したり競争させる親だったのですが、私はことごとく反発しました。
「〇〇ちゃんをみてごらんなさい」とかよくいわれたのですが、「私は〇〇ちゃんじゃないんだ」と反発して全然言うことを聞かなかったのですが、一人一人波動が違うのですから、比較競争も出来ないですよ。
そんなことはナンセンスですね。
宇宙の本質がわかったら、競争も意味ないし、比較だって出来ないですよね。
このへんが本当にわかりますと、ものすごく楽になりますよ。
「私は私なんだ」と言うことで、いっさい無駄なことはやらなくなりますから。

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by sadomago | 2005-10-31 07:51 | 子供達
2005年 10月 31日
霊能者からのアドバイス
癌治療の聡哲鍼灸院
http://home.att.ne.jp/banana/soutetsu/index.html
http://home.att.ne.jp/banana/soutetsu/self_healing/spirit/advice.html

霊能者からのアドバイス

 世界中の霊能者が伝えているアドバイスを掲載しますので参考にしてください。
『スピリチュアル・ヒーリング』より
   治りやすい人

 イギリスの著明な霊能力者ベティ・シャインはその著書『スピリチュアル・ヒーリング』(中村正明訳、日本教文社)の中で次のように語っています。
 「ヒーリングがジェニーにとてもよく効いたのは、一つにはジェニーがいつも他の人のことを考えているからであろう。ジェニーは他の人の力になりたいと心から思っているのであり、そのためにあまり緊張しないですんでいる。他の人と楽しく交わり進んで力を貸すようにしていると、心のエネルギーは外へ広がって行き、脳や体を圧迫しない」と。
 リンクで紹介している伊藤勇さんが前立腺癌の体中への骨転移を完治させたのも、伊藤さんがジェニーのような人だったからではないかと私は推察しています。
『スピリチュアル・ヒーリング2』より
   否定的な感情を解き放つ

 同じくベティ・シャインは『スピリチュアル・ヒーリング2』(中村正明訳、日本教文社)の中でも次のように語っています。
 「否定的な(心的)エネルギーが強くなり、大事な器官を、それどころか体中のどんな部分でも、押さえつけるなら、体は治癒しないということが、霊からの知らせを通じて、また霊に導かれて心霊手術を行うことによって明らかになってきた」「人間にとって大切である経絡は、生命力を体中に運ぶエネルギー管である。もしどこかで流れが邪魔されるなら、生命力はそれに替わる道を探す。替わりの道が見つからないと詰まってしまい、動くことも振動することもできないエネルギーが不活発になり、悪いものになる。その結果、最初はちょっとした病気が、そして後には大きな病気が生じる」「生命力を引き込むエネルギーの渦であるチャクラも詰まる。そういう部分の否定的エネルギーはもつれた毛糸玉のようである」 

 「経絡やチャクラが少し詰まっていると、人は疲労感を覚える。このような少し詰まっている状態を解消する方法はいくつかある。散歩、ジョギング、水泳、ダンス、乗馬、サイクリングといった運動が良い。本当に効果をおさめるためにはそれが習慣にならなくてはいけないが」

 「病気は、肉体に現われる1年半前ほどに、エネルギー体と心の中でまず始まる。この時期にエネルギーは次第に枯渇し、その人のいつもの体の動きは失われていく。不安感のため副腎が刺激され、酸性のホルモンであるアドレナリンが大量に分泌される。そのため体はますます荒れ、静電気も溜まってくる。その結果、自分のほうへ物を引き寄せる磁力のような効果が生まれる、というのである」

 「肯定的な態度でいると心は無限に広がる。そうするとチャクラと経絡が開き、そのためさらに多くの生命力が入ってきて、その結果、体はきわめて健康な状態となり、ホルモンの活動も促される。すべては心に原因があるというのは事実なのである」
   心のエネルギーは霊能者にどう見えるのか

 エネルギーを見る事のできるベティ・シャインは次のように述べています。
 「頭の周りにはオーラとは別のエネルギーがあり、私はこれを心のエネルギーと名づけている。その人の心の状態が体のエネルギーや健康状態に影響を与えることがはっきりわかった。肯定的な考え方をしていると心のエネルギーは刺激され外に広がっていくが、否定的にばかり考えているとそのエネルギーは下のほうに下がっていき、ついには体の中に鬱積してしまう」

 「憂鬱な気分に陥っている人はみな同じようなエネルギーの状態をしている。エネルギーは漏斗状になって頭のてっぺんから体の中へと引きずり込まれているように見えるのである。どの人の場合にも、憂鬱と否定的な思考のために脳に不自然な圧力が加わっていることが分かった。脳は押さえつけられ締め付けられていたのである」

 「これによって頭のまわりの電磁場が影響を受けていることも分かった。そしてこの状態をほうっておいたら、遂にはその人のエネルギー体は不活発になり、体内の代謝が変わることも分かった」
   憎しみについて

 「憎んでいるとき、あなたはあなたの心の波が同じような心の波と当然結び付くように想像力を使っている。霊界は気高い心の波だけで占められているのではない。この世と同じようにごろつきや悪意を持った人もいる。あなたが悪意や憎しみを持ったまま死ねば、死後あなたが変わろうと決意しない限り、霊界でもそのままの人格である。あなたと結びついてあなたの否定的な気持ちを倍化させることを待ち遠しく思っている否定的な心がたくさん存在することに留意すべきである」

 「黒いエネルギーの波がだれかに投射されているところを思い浮かべてもらいたい。この波は相手の心の波と交じり合うと同時に、霊の持つ同じような心の波を引き寄せる。この相互作用はとほうもなく危険なものとなる。増大した黒いエネルギーはブーメランのように猛烈な勢いで帰ってきて、真正面から発信者に打撃を見舞う」

 「とてもいやなことが起こった場合、必要なら何週間かは自己憐憫の涙を流しなさい。しかし本当の憎しみが生活に入ってこないようにしなくてはならない。これは難しいことである」

 「人種的憎悪の場合もそうだ。そういう憎悪を抱く人はみな精神的な病気になる。あなたがどういう人種でどういう信条を持っていようとこの最も恐ろしい憎しみを抱くようになると、遅かれ早かれ病が訪れる」

 「国と国や、国民と国民同士の憎しみ、あるいは一人の人と別の人のあいだの憎しみはもうなくさなくてはならない。さもなければ地球は滅びるだろう。地球はそういう憎しみを背負うことはできない。地球は生きた有機体であり、自分で自分が死ぬ時期を選ぶだろう。地球が生き長らえるよう私達はみな自分の役割を果たさなければならない。憎しみと関わりをもたないようにすることにより、地球を存続させることができる」

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by sadomago | 2005-10-31 07:49 | スピリチュアル・ヒーリング
2005年 10月 25日
書評 「不登校という生き方」 [評者]天外伺朗
asahi.com 
http://www.asahi.com/home.html


不登校という生き方 教育の多様化と子どもの権利 [著]奥地圭子
http://book.asahi.com/review/TKY200510180338.html

[掲載]2005年10月16日
[評者]天外伺朗

 不登校、ひきこもりなどが激増している。ほとんどの人が、過保護などのためだとし、怠け、病気、甘え、発達の遅れなどと否定的に見ている。

 著者の主張や活動は広く知られているが、長年にわたってそういう見方に真っ向から反論してきた。いまの社会や学校教育が、競争、管理、上下関係、押し付けに満ちており、子供たちの個性、興味、感性を押しつぶしている。それに対するのっぴきならない生命の反応が不登校になっていると解釈する。

 著者はかつて、小学校の教員時代に自分の子どもが次々に不登校になってしまった。何とか登校させようとあせるうち、長男が拒食症になり泥沼化。ところが、一度のカウンセリングで拒食症が治り、自分がいかに子供の心に寄り添っていなかったか、愕然(がくぜん)とする。

 そして教員をやめた著者は、不登校児などが自由に参集する「東京シューレ」を設立する。それが、いわゆるフリースクールのはしりだ。本書は、その20年に及ぶ苦闘の集大成。子供たち、親たち、行政と格闘し、運動を横に広げ、世界的になっていく様子が生き生きと語られている。また、社会や学校教育や文科省の不登校対策の問題点などにも、多くのページがさかれている。子供たちが全面的に受け入れられると「自らの内に秘められた宝物が生きて動く」様子は感動的だ。

 著者は学校のあり方に問題があるので、不登校児を無理やり学校に引き戻そうとする社会がいけないと主張する。そうだとすると、学校環境が急激に劣化したのだろうか。

 一般常識からは突飛(とっぴ)に聞こえるだろうが、私は子供たちの変化が大きいと考えており、この現象を「人類の進化」ととらえている。かつて槍(やり)で動物を仕留めていた時代に発達させた、アドレナリン系のホルモン分泌が弱く、闘争が苦手な子供たちが登場してきたのだ。いまの競争社会や画一的な教育システムが絶対なのではなく、いずれ進化していくだろう。

 そう考えると、著者の活動はまさに時代を先取りしてきたといえる。来るべき次の社会へのヒントを秘めた一冊だ。

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by sadomago | 2005-10-25 07:00 | 子供達
2005年 10月 25日
サイバー・トーク
廣瀬訪夢頁
http://www1.seaple.icc.ne.jp/t-hirose/
【サイバー・トーク】
http://www1.seaple.icc.ne.jp/t-hirose/text/tenge/

アラン.ケイという名前を聞いたことがありますか?
今から二十年以上前、彼が率いるゼロックス社のPARC(パロアルト研究所)で、今日のコンピューター技術のほとんどが開発されました。それまでは、大型計算機と端末という形態だったものを一台にまとめ(パーソナル.コンピューターというのも彼の命名です)、文字だけだったディスプレーにグラフィツクを表示し、マウス、アイコン、マルチウインドウといつた今日のマンマシンインターフ工ースを確立しました。インターネツトの基本技術もマルチプロセッサーによる高速化技術もPARCが開発しました。

アップルのマツキントッシユは、直接的にその技術を採用した結果だし、爆発的に普及した「ウィンドウズ95」も、二十年かけてPARCで開発された技術を実装したにすぎません。あれから、延べ何十万人の技術者がコンピューターの開発に携わったかわかりませんが、正直いって進歩したのは半導体だけで誰も PARCの成果を越えられません。まるでお釈迦さまの掌の上の孫悟空です。

たまたま私は、アラン・ケイと個人的に親しくなり、頻繁にテニスを楽しむ仲になりました。ある時、コートサイドでピール片手に彼がふと言いました。
「トシ、あの時はね、何か参考にならないかと思って、世界中のあらゆる技術を調べていたんだけどね。今から考えると、PARCの研究に一番直接的に影響を与えたのは、スズキ.メソードだと思うよ」
「エッ!」
私は自分の目を疑いました。鈴木鎮一氏が始められたスズキ・メソードとうのは私もよく知っていました。三~五歳の幼児がバッハでもモーツアルトでも楽々と、音楽性豊かに弾きこなす、そして人間性豊かに育っていく、という話をソニーのファウンダーの井深大氏から何度も間いていました。

しかし、それがアメリカで行われた超ハイテクコンピュータの研究と何の関係があるのだろう?
私が心から納得したのは、何週間もたってからでした。アラン・ケイは「スズキ・チルドレン」たちの心の動きを研究したのだと思います。それが、人間に最も適したマン・マシン・インターフエースヘつながつたんでしょう。彼はマニュアルを読まなくても子供がすぐ使える「コンピュータの研究」を目指しました。 PARCにおけるマン・マシン・インターフェース開発は、全員子供が使われました。

「ああ、そうかー」何百万人の孫悟空たちが「コンピュータの研究」をしていたのに対してアラン・ケイたちがPARCでやったのは、実は「人間の研究」だったのでしょう。


スズキ.メソード
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by sadomago | 2005-10-25 06:36 | 子供達
2005年 10月 24日
憎しみは憎しみによって止まず、愛によって止む
Local & Global
~地方公務員から転身した国際公務員のサイトです~
http://www.keicho.com/

フロントページ>ワールド通信>スリランカ(2002/12)
憎しみは憎しみによって止まず、愛によって止む。 
http://www.keicho.com/world/sl2002-12.html


 以下のような歴史の話をご存知だろうか?第二次大戦終了後の1951年、各国が参加して「サンフランシスコ平和会議」が開かれました。この会議では、戦後の日本の独立問題や日本への制裁について話し合われたんだそうです。会議の中でソ連の代表は、日本を独立国とすることを認めず、独立国としての自由を制限する何らかの措置を日本に科することを執拗に主張したといいます。西側諸国の中には、この考えに同調するものもあったと聞きます。その中で、スリランカのジャヤワルデネ代表の演説が日本を救ったというのです。

 ジャヤワルデネ代表は、同じアジアの仏教国という立場から、「憎しみは憎しみによって止まず、愛によって止む。」というブッダの言葉を引用して、強く日本を擁護したのです。そして、日本に対するいかなる制裁にも反対し、日本の完全独立を認めて国際社会の一員として迎えるべきだと説いたといいます。このスリランカ代表の演説が効を奏して、日本が独立国として認められたというわけです。

 「サンフランシスコ平和会議」で日本を救った、このスリランカ代表の演説について、僕は最近まで全く知りませんでした。初めて聞いたのは、今年10月にスリランカを訪れた際に、スリランカ政府のある役人に聞かされたときでした。今回のスリランカ訪問でも、同じ話を別の人に聞かされました。どうやらこの話は、スリランカ人の間では結構有名な話みたいなんです。あるスリランカ人は、日本はあの時の恩を感じているから、今スリランカに多額の経済援助を与えてくれるんだろうと言っていました。

 日本でこの話を知っている人は、果たしてどれくらいいるんでしょうか。少なくとも、僕はこれを歴史の時間に習ったという記憶がありません。誰かこの話を学校で習ったという人がいたら、教えて下さい。こういう話は知っておくべきですよね。少なくとも、スリランカを訪れる日本人には知っておいてもらいたいです。そうでなければ、僕のように恥かしい思いをすることになるかもしれません。
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by sadomago | 2005-10-24 20:12 | とりあえずノンジャンル
2005年 10月 24日
植物は考える
花のむらどっとこむ http://www.hananomura.com/index.htm
花とコラム 第6回
植物は考える 
http://www.hananomura.com/contents/column/column.htm

皆さん植物に知能があると思いますか?
ほとんどの方の答えがNOであり、またそれが一般常識でしょう。
果たして本当にそうなのでしょうか。
以下に過去行われたおもしろい実験結果をご紹介します。
1958年 ワシントン大学のオリアンズとローズ博士が次のような実験結果を発表。
 木に大量のケムシが取り付いたとき、木がどうやって生き延びるかを観察するため、 ヤナギやハンの木に約7000匹の害虫をはわせ、この攻撃に木がどんな防衛機能を働かせるかを調べました。 害虫が葉を食い始めると、木はアルカイドやテルピンといった化学物質を生成して、これらの害虫の食欲を減退させ栄養失調にして死に至らしめました。 このとき驚いたことに、近くにいた同種の木が突然、同じような防御反応を示していました。 木々は仲間同士ある種のコミュニケーションを取っているのではないかと考えられています。
1966年 植物は意識・感覚までそなわった能力を持っているというニュースが世界中の新聞の大見出となる。
 クリーブ・バックスター氏が発表した「バクスター効果」という有名な話です。バックスター氏は元CIAの尋問官で、ポリグラフ(嘘発見器)使用し感情の起伏から真実を見つける仕事をしていました。ある日偶然にこの検流計(嘘発見器は被対象物に2本の電線をつなぎ、その微小な電流を検流器などのメーターやグラク記録器で計測する)を用いて植物が人間の動きと同じような反応を示すことを発見しました。人間が植物をおびやかすような意図をもったとき、例えばマッチで火をつけるとか、枝を折るとかという気持を抱いただけで、検流計のグラフペンが激しく動いたそうです。一連の結果を、ニュージャージーの細胞学者ハワード・ミラー博士は、ある種の「細胞意識」がすべての生物に共通に存在するのではないかと結論づけました。
1970年 デンバーのテンプルビュエル大学で行われた実験により、植物が音楽を聞き分けることが分かった。
 この実験は、同じ条件の花を3つのガラスケースの中で育て、1つ目のガラスケースの花には激しいロックを、2つ目のガラスケースの花には東インドの優しいシタールをそれぞれ聞かせ、3つ目のガラスケースの花は音楽無しです。 この3つのガラスケースの花の反応を、CBS放送のカメラマンは、2週間に渡り記録し続けました。 その結果、ロックを聞かせた花は枯れてしまいましたが、2つ目と3つ目の花は綺麗に咲き続け、そればかりかシタールを聞かせた2つ目の花と茎は、音楽の聞こえる方向に伸びていたそうです。 クラシックなどの音楽を聴かせることで、野菜、果物の成長や甘味が増したという報告もあります。
いかがでしょう?このような記事を見てもにわかに信じ難いかもしれません。
では、植物の持つおもしろい能力を見てみましょう。
 植物は多くの生物との関係の中で生活しています。そして多くの生物が植物をエネルギー源としています。動くことのできない植物は草食動物から逃れることができず、一方的に食べられる側となるのは当然のことでしょう。しかし、植物の中には自分を守るための防衛手段を手に入れるものもいます。草食動物に食べられないよう枝を高く伸ばすもの、体中に刺を持つもの、中には毒を体内に取り込んでいるものもいます。コカイン、ニコチンは昆虫から身を守るために植物が作り出す毒ですし、世界各地で矢毒として使われたクラーレ、ストリキニーネなども植物が持つ毒です。トリカブトの毒アコニチンは古代から中世にかけてヨーロッパではしばしば毒殺用として使われ、日本では矢毒として使われていました。
 植物が戦わなければならない相手は動物だけではありません。近くに生育する植物も競争相手になります。 他の植物が太陽の光をさえぎるような位置にあれば光合成をおこなうことができませんし、あまり近くに他の植物が存在すれば土壌中の水分や養分も不足してしまう可能性があります。 そこで、他の植物の成長を抑制したり発育を阻害する物質を地中に分泌したり空気中に散布するものもいます。
 通常植物は葉や根から養分を補給しますが、中には虫や小動物をつかまえて消化し、栄養分として吸収するものもいます。食虫植物です。
 葉の表面や茎にネバネバした液を出す体毛があり、虫がふれるとくっついて離れなくなるモウセンゴケや、葉の先を2つに折りたたみ、虫などをはさみこむハエトリグサなど、世界中に500種類以上存在します。 中には、メスの蜂そっくりの触手を持ちオスの蜂を誘い出すものや、腐った肉そっくりの臭いを出しハエを誘き寄せるものもいます。
 植物は動物のように動くことができず、脳や神経のような組織も持っていませんから、動物より下等な生物と考えられがちです。動物は自分でエサを探したり配偶者を求めるなければならなかったため、知能や筋肉を発達させる必要がありましたが、植物は自分で大気や土壌の材料を使って栄養分を作りだし、全能性を持つ細胞はあらゆる器官になることができ、自分の体も作り上げることができます。動けないのではなく、動く必要がなかったと言う方が適切かもしれません。
 目や鼻などのような感覚器も持っていませんが、昼間と夜の長さを正確に測り、花を咲かせる時期を判断し調節することができます。 何年かに一度花を咲かせ次世代に生命をバトンタッチする様は、自分の死期をも知っているようにも見えます。
 はたしてこれらの能力を、環境と時間、自然淘汰だけで手に入れることができるのでしょうか。植物自身が己の置かれている状況を理解し、その環境で最も適した方法を自ら考え、そして身につけたと考えるほうが自然ではないでしょうか。 動物が持つ知能とはまったく別の次元、なにか目に見えない意識のようなものが存在するのではないかと私は考えてしまいますが、みなさんは如何でしょう。
 このような話をすると、なんだかオカルトっぽくなってしまいますね。最後に奇跡の植物品種改良学者と言われるルーサー・バーバンクの言葉をご紹介します。

私は、刺のないサボテンを創る実験の最中、しぱしサボテンに向かって愛の念波を注ぎながら話しかけたものです。 「ここには、お前の怖がるものは何もないよ」私はよくこう言ってやりました。「だから、刺など生やして身を守る必要はないのだ。私がお前を守ってやるからね」と。 するとこの有益な砂漢の植物は、次第に刺のない状態に変化していったのです。
~ルーサー・バーバンク~

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by sadomago | 2005-10-24 15:26 | 生態系
2005年 10月 22日
からだのスピリチュアリティ

からだのスピリチュアリティ
1994年6月20日 初 版第1刷発行
2005年7月20日 新装版第1刷発行
アレクサンダー・ローエン 春秋社


{文中:グレイス=自然な美しさ}
 
 かなり早い時期、生後数ヵ月で、乳児は実にグレイスフルな動きを見せる。それがもっとも明らかに見られるのは、母の乳首を吸う時に口と唇でそれを求める行為である。この動きには柔らかさ、甘美さ、流動性があり、朝日の中で花びらを綻ばす花を思わせる。口は赤ん坊の体の中で最初に成熟する。というのも、吸引行為は生命に不可欠のものだから。これと対照的に、私が今まで会い、ワークしてきた大人の多くは、唇で自由に十分に外に向かって意志を表現できない。
多くの場合、唇は緊張して硬く、顎も緊張で頑として動かない。中には口を大きく開けるのが難しい人までいる。生後数カ月で、赤ん坊は腕を伸ばし、母の体に柔らかく、優しく触れるが、この仕草はとてもグレイスフルなものである。
 ところが、遅かれ早かれ、子供達は成長の途上でグレイスを失っていく。それというのも内なる衝動に従うよりは、外からの期待に合わせるよう強制されるからだ。子供自身の衝動が両親の命令と対立するような時は、すぐに、その行ないが悪いことだと教え込まれる。その行為が続いたとすれば、その子は悪い子だと決めつけられてしまう。ほとんどの場合、非常に幼い子供の衝動や行ないは邪気のないものだ。子供はただ、自分の中の自然、本性に正直なだけである。子供が疲れて、抱き上げられ、そのまま運んでもらいたがっている光景をよく見かける。ところが母親自身疲れていたり忙しいのかもしれない、あるいは重い荷物を持っていて、子供を抱き上げることができないのかもしれない。その結果、子供は泣き出し、けっして歩こうとせず母親を困らせる。子供を厳しく叱りつけて、泣き止むよう命令する母親もいる。さらに子供がだだをこね続ければ、母親はたたくかもしれないが、そうすれば子供は余計に泣くだけだ。今まで描いた範囲では子供は衝動を抑圧していないので、グレイスを失うことはない。子供が十分に泣きわめけるかぎり、体は柔らかさを保つであろう。赤ん坊はしばしば、その小さな体を緊張させ、硬化させる原因となる欲求不満や苦痛を体験する。といっても、この緊張や硬化は長くは続かない。すぐに顎が震え始め、子供はわあっと泣き出し、その波が子供の体全体に広がると、緊張や硬化は溶けてしまう。ところが泣くことを厳しくとがめられる時がくると、子供はむせび泣きを抑え込み、涙を呑み込まなければならなくなる。ちょうどこの時にこそ、子供はグレイスを失い、ジョゼフ・キャンベルが提唱するところの「至福に従う」自由をもはや持たない人間になってしまうのだ。
 もう一つ、多くの親にとって受け容れ難い自然な感情がある。それは怒りで、直接自分達に向けられた場合には、ことに受け容れることが難しい。しかし子供は、力ずくで抑えられたり、無理強いされていると感じれば、自然と親に刃向かうものである。子供の怒りを受容できる親はほとんどいない。というのは、自らの権力とコントロールが脅かされるからである。親はあの手この手で、そのようなふるまいが悪いことで、やがて罰を受けると教え込む。・・・・親のコントロ-ルが必要なのは明らかだが、おうおうにして子供の幸せより親の都合が先行し、この葛藤は力の争いになることが非常に多い。この種の争いでは誰が勝とうが、両方が敗者である。というのは、子供がおとなしく従おうが反抗しようが、親子の間の愛による結びつきが切れてしまうからである。愛の喪失とともに子供のスピリチュアリティは犯され、グレイスがなくなってしまう。
 グレイスの喪失は、身体的現象であり、人々の動きや立っている姿の中に見ることができる。
かなりありふれた抑うつの訴えで私を訪れる患者を診ることが非常に多い。前の著作で指摘した通り、抑うつは本人の思考に限らず、動作、食欲、呼吸、エネルギーの生産にも影響を及ぼす。
この病気を十分に理解するために、私は身体を観察することにしている。すると、次の行動を指図されるのを待っている、おとなしい子供のままの姿勢で立っている姿を発見することが非常に多い。この無意識の態度は体の中で構造化されることにより、パーソナリティに深くしみ込んでしまっている。私が患者にこの態度、構えの意味を指摘すると、彼らは一様に、親からはおとなしい子供とみなされていたという事実を認める。この手の「よい」子供達は大きくなると勤勉な労働者になるが、パーソナリティに根本的変化が起きないかぎりは、けっしてはつらつと生気をほとばしらせたり、優美な動きをすることはないであろう。
 
・・・この考えを私が体験した三例を挙げて説明してみよう。まず最初はオランダ人心理学者で、私が何年も前にエサレン研究所で行なったワークショップに参加した人だ。今ではもうバイオエナジェティックスでのきまった手順の一つになっているが、私はいつも相手の経験を理解するための手がかりを求めて体を観察することにしている。彼の体には異常な歪みが見られた。それは体の左側にある一五センチもの陥没である。これほどの陥没はそれまで見たことがなかったので、その意味合いが理解できなかった。

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by sadomago | 2005-10-22 18:22 | スピリチュアル・ヒーリング