カテゴリ:過去生・未来世・転生( 11 )

2006年 06月 08日
前世療法の探求
前世療法の探求

2006年5月20日 第1刷発行
発行:春秋社
筆者:稲垣勝巳

あとがき

 筆者と催眠との出会いは、幼児期にまで遡ります。祖父に催眠の心得があり、離れの座敷へ訪ねてくる人の、施療していた姿をしばしば見て育ちました。今で言うボランティで施療していたようです。羽織を来て正座し、催眠暗示をしている姿は今でも鮮明に覚えています。当時小学生だった妹が、車酔いを祖父から治してもらったと自慢していたのを聞かされて、催眠術なんてインチキくさいよ、とからかったことも覚えています。祖父の催眠技能がどれほどのものであったかは知る由もありませんが、吃音・車酔い・悪癖などで悩む訪問者が結構ありましたから、改善率はある程度あったと思われます。
 やがて中学校教員になった筆者は、学級の子どもたちの車酔いを改善したり、学習指導に催眠を利用できないかと考えて、祖父に催眠の伝授を頼みました。祖父の返答は素っ気無いもので、「おんしは、人間がまだできておらん。断る」 というものでした。 それでも、80歳過ぎて寝込むと筆者を枕元に呼び、 「あの本棚に催眠の秘伝書が2冊ある。おんしに譲る。催眠は自得するものである。精進せよ」 と遺言を残して逝きました。筆者29歳のときのことです。遺品の書名は、『催眠施術秘儀』 『催眠術自宅獨習書』(横井圓二、精神科學社、大正六年)で、和綴じの二冊とも非売品と銘打ってあります。本書は、この頑固だった祖父に捧げるものであります。
 催眠の理論研究に取り組み始めたのは、35歳のとき上越教育大学大学院に研修派遣されたときでした。

< 中略 >

 前世療法に取り組み始め、 「前世記憶」 「中間生」 「神的存在者」 などの解釈者に思いを巡らせていた筆者に、おおきな示唆を与えてくださったのは、畏敬する成瀬悟策先生でした。先生は2004年2月、明治学院大学で開かれた、第29回日本教育催眠学会の対談席上で、「脳は心の家来です」 「脳の病変によって動かないとされている脳性麻痺の動作訓練を催眠暗示でやってみると、動かないとされていた腕が動くようになりました。しかし、脳の病変はそのままです。こうしたことから身体を動かすのは脳ではなく、『オレ』 であることにやっと気づきました。私のこの考え方を、正統医学は賛成しないでしょうが21世紀の終わりには、私の言ってることが明らかになるでしょう』 と言われました。筆者の理解が誤っていなければ、成瀬先生のこの考え方は 「心・脳2言論」 の言明であることになります。海外でも、W・ペンフィールド、J・エックルズ、R・スペリーなど優れた大脳科学者が、自らの実験研究をもとに 「心・脳2言論」 に至ったことを思うと、催眠研究歴60年の成瀬先生の言明には重さがあり、解釈としての 「死後存続仮説」 をとることに躊躇していた筆者には、深く共感できるお話でした。
 一般に信じられる言説、つまり、心は脳の随伴現象であり、脳の消滅とともに心も消滅してしまえば、生前に経験されたものはすべて棄却されることになる、という言説は、唯物論科学の立場から、その立場上構成されている「信念」 や 「主張」 をそのまま表現したものであって、その言説自体は、科学的に確定された手続きによって、証明・検証されたものではないのです。「心・脳2言論」は、この事実を認め、物質である脳の消滅後も、脳とは別個の実在である 「オレ(意識体)」の、死後生存可能性を否定しないことを意味します。したがって、成瀬先生のお話を契機に、「死後存続仮説」は、ありうべからざる非科学的憶測説として忌避されるものでは決してない、と益々思うようになりました。

<後略>


心臓移植で転移する人格 - 記憶は細胞に宿るか
霊魂の存在に関する学術的研究
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by sadomago | 2006-06-08 22:01 | 過去生・未来世・転生
2006年 01月 17日
x51.org リンク:女性の肝臓を移植された木こりが突然家事に目覚める
女性の肝臓を移植された木こりが突然家事に目覚める クロアチア
http://x51.org/x/06/01/1713.php

【Ananova】クロアチア東部のオシエクにて、女性から肝臓移植を受けた木こりが突然家事と編みものを止められなくなり、手術した医師らを告訴したとのこと。以前は大酒飲みの木こりであったスチェパン・リザリク氏(56)は、手術を受けてからというもの、突然それまで嫌っていた家事に専念するようになったという。「肝臓移植で命を救われた事は事実ですが、その副作用については事前に何も聞かされていませんでした。手術以来、アイロンがけや編みもの、皿洗いやらタンス整理、果ては編みものというような女性の仕事に、妙に情熱を抱いてしまうようになったんです。」

それまでのリザリク氏は、男が家事をしているところなど死んでも見られたくないといった考えを持っていた。しかし手術以降、それらの仕事に心地よさや充足感さえ抱くようになってしまったと語っている。

「こんな状態になって喜んでいるのは妻だけです。今では私が家事のほぼ全てをやるようになりましたが、これは、男の肝臓でなく、女性の肝臓を私に移植した病院のせいだと思うんです。」

「夫の新しい女性的な一面が、家事をするようになったことだけで済むならば、本当に嬉しい限りです。夫が男に興味を持たなければいいんですけどね。」妻のラドミラさんはそう語っているとのこと。

【関連】X51.ORG : 心臓移植で転移する人格 - 記憶は細胞に宿るか

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by sadomago | 2006-01-17 23:49 | 過去生・未来世・転生
2005年 12月 31日
大丈夫ですよ。これはあるべきようになっているのです Vol2
未来生療法 -運命は変えられる
2005年6月22日 第1版第1刷発行
著者:ブライアン・L・ワイス
訳者:山川紘也・亜希子
発行:PHP研究所

P66~ 
 さらにすごいことが起こりました。
 「魂の伴侶」の中で、私はほんの少し、私自身の過去世の記憶を書いています。私は二千年前のアレキサンドリアに住む裕福な一族出身の若者でした。旅行が大好きで、北エジプトや南ユダヤの砂漠を放浪し、当時、エッセネ派などの霊的なグループが住みついていた洞窟を、よく調べ廻ったものでした、実は、私の一族は彼らの生活を援助していたのです。ある旅の間に、私は少し年下の青年に出会いました。彼は並はずれて賢く、私たち二人は一緒に一ヵ月ほど旅行しました。彼はこうした霊的共同体の教えを、私よりもずっと速く吸収してゆきました。ニ人は良い友人になりましたが、最後は別々の道へと分かれました。私は大ピラミッドのそばにあるシナゴーグヘと向かったのでした。
 本にこの話を書いた時、私は残りの部分は省きました。その部分は非常に個人的なものであり、自分をほめそやすために書いたのだと、人々に思われたくなかったからでした。「イエスの時代にいたワイス博士」などと言われたくなかったのです。今、なぜこの話の続きを書くのか、すぐにわかります、これは私の物語ではなく、ビクトリアが見た物語だからです。
 私はこの友人をエルサレムで見ました、そこに、私はよく旅していました。一族のビジネスの多くは、エルサレムにあったからです。私はこの町での自分をビジネスマンというよりは、学者であるように感じました。私は依然として裕福で、この時は見事に切り揃えられた白髪まじりのひげをつけ、「様々な色のまじり合ったコート」とでも言うべき、ぜいたくな上衣を着ていました。当時も今も、そのコートははっきりと目に焼きついています。
 当時、多くの人々を引きつけ、元気づけている放浪のラビがいました。彼はそのために総督のピラトにとって脅威となり、ピラトは彼に死を宣告しました。私はこの人物が処刑場へ行くのを見ようと集まってきた群衆の一人になりました。そして彼の目を見つめた時、私はそれがあのかつての友人であることを知りました。

>>>しかし、彼を救おうとしても、もう遅すぎました。
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by sadomago | 2005-12-31 13:09 | 過去生・未来世・転生
2005年 12月 31日
大丈夫ですよ。これはあるべきようになっているのです Vol1
未来生療法 -運命は変えられる
2005年6月22日 第1版第1刷発行
著者:ブライアン・L・ワイス
訳者:山川紘也・亜希子
発行:PHP研究所


P62~
 放射線治療をしたにもかかわらず、治らないとのことでした。そして、何センチもの厚さの病気に関するカルテを私に手渡しました。痛みは絶え間なく続いていました。まるで歯茎が膿んだ時のように、容赦なく襲いかかってくるのだと、彼女は説明しました。夜はモルヒネに似た薬を何錠も飲まなければなりませんでした、それほど、痛みがひどかったのです。でも、日中ははっきりした頭脳で什事が続けられるように、苦痛をがまんしていました。まだ五十代中頃なのに、彼女の髪は痛みでまっ白になっていました。それが嫌で、彼女は髪を黒く染めていました。
 ビクトリアはワークショップの二、三日前から、薬の服用を中止していました。私の話に集中するためです。
しかし、彼女はこう質問しました。
 「薬なしで、5日間もつでしょうか? 救急車で家に戻ることになるかもしれません」
 「できるだけやってみて下さい。でも、あなたが途中でやめなければならない時は、それでけっこうですよ」と私は言いました。
 彼女は五日間、すべてに出席しました。そして最後の日、報告書を持って私のところにやって来ました。その報告があまりにもすばらしかったので、他の人々に読んでもいいかと、私は彼女にたずねました。その五日間に、彼女は何回か過去世に、それもイエスの時代のエルサレム近郊で起こった過去世へと戻る体験をしたのです。彼女は貧しい農夫で、大きな腕と肩を持つ、たくましい男でした。しかも、霊的に敏感で、鳥や動物を愛していました。彼は道ばたの木の家に妻と娘と一緒に、誰の邪魔もせずに暮らしていました。ビクトリアは娘が誰かわかりました。彼女は今の人生でも、ビクトリアの娘でした。ある目、男は翼が折れて鳴いているハトを見つけ、ひざまずいて介抱しようとしました。王宮警護のエリート軍団と一緒に行進してきた一人のローマ兵が、この男が自分たちの行く手をふさいでいるのを怒って、彼の背中を肋骨が何本も折れるほど、ひどく蹴りつけました。軍隊の他の男たちは彼の家に火をつけ、妻と娘を殺してしまったのです。残虐なローマ兵に対する恨みと憎しみが彼の中で赤々と燃えさかりました。その時から、彼は誰も信じなくなりました。彼の背中の傷はいっこうに治りませんでした。
 肉体的にも精神的にもボロボロになって絶望した男は、エルサレムの城壁の中にある神殿の近くに移り、掘立て小屋に住み、自分で作った野菜で辛うじて命をつなぎました。頑丈な木の杖か、唯一の家畜であるロバに頼って歩くことができるだけで、働くことはできませんでした。
 人々は彼をおいぼれだと思っていましたが、ただひどく打ちひしがれているだけでした。ある時、ヒーラーとして有名になりつつあるラビの情報が、彼の注意を引きました。そして、男はこの人物の説教を聞くために――――それは山上の垂訓でした――――、ずっと遠くまで旅をしました。癒されるだろう、なぐさめられるだろうとは少しも期待してはいませんでしたが、やはり好奇心があったからでした。ラビの弟子たちはこの男の姿にぎょっとして、彼を追い払いました。彼はヤブの後ろに隠れましたが、*イエシ(イエシュアのこと)と目を合わせることができました。「まるで、無限の慈悲がこもった底無しの光を見ているようでした」とビクトリアは言いました。
 イエシュアは男に言いました。「私の近くに来てもいいのですよ」男はその日ずっと、彼の言葉に従いました。

>>>*ビタトリアは彼のことをイエシと呼びました。
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by sadomago | 2005-12-31 09:19 | 過去生・未来世・転生
2005年 10月 31日
「あるがままに生きる」 足立幸子 ・3
そして親さえも、自分で選んで生まれてきています。
私は「なぜこんな親のところに生まれてきたんだろう」とずっと思っていたのですが、結局親も自分が選んで生まれてきたことがわかりました。
それまでは人のせいにして、自分から逃げていましたから本当にショックだったのですが、親さえも「この親でこういうことを体験して味わおう」と選んで生まれてきたのですね。
向こうから勝手に来るなんてことは、いっさいありません。
今まで出会った方は全部、ご自分が何かを味わう必要があって引き寄せられたわけですから、誰のせいにも出来ませんね。

では何の為に肉体を持って地球に来たのかといいますと「ベルリン天使の詩」(木のひげ※=シティ・オブ・エンジェルがリメイク版)という映画があるのですが、この映画は天使の側から見た時は画面が白黒に映り、人間の側から見たときはカラーで映るのです。
そして天使がサーカスに出ている女性に恋をして、女性の体に触れるのですが、肉体がないので触覚がありませから、女性の体が柔らかいのか硬いのか、冷たいのか暖かいのかわからないわけですよ。
それでそうしても感覚を味わいたくて、羽を捨てて堕天使になって、冬のベルリンに降り立つという話なのです。
天使が人間として始めて、ホットコーヒーを飲みます。
そしてカップに触って、「熱いというのは、こういう感じなんだ」と知るのですね。
このように肉体を持つことによって感覚や感情をもつわけで、私達は「楽しいとはどういうことか、嬉しいとはどういうことか、悲しいとはどういうことか、苦しいとはどういうことか」と、味わう為に肉体を持って地球にきたのですから、ジックリ味わったほうがいいと思います。
楽しいことならジックリ味わうのですが、イヤなこととなると急に人のせいにして逃げてしまいますが、イヤなことも味わう為に地球に来たのですから、ジックリ味わって、そしてそれをクリアーして次に行くのがいいですね。
逃げるとやり残しをつくるわけで、それは絶対いつかやらなければいけないのです。次に来た時には、段々きつくなっているような感じがします
来たことは全部意味があって来たのですから、いっさい逃げないで、来たときに全部受け入れて、ジックリ味わった方がよろしいのではないかと思います。

例えば、トラブルは、自分を成長させる為に来るのですね。
≪深い部分の自分≫が、「そろそろ成長させてやろう」ということで、問題を与えるのです。
ですからイヤなことが来れば、「これをクリアーすれば、また次にジャンプ出来る」と考えられるといいですね。
そしてクリアー出来ないような問題を、引き寄せるわけがないのです。
同じ波動どうししか同調しませんから、その方の器に相応しい問題しか来るわけがありません。
全ての問題は、必ずクリアー出来るから来ていますので、とにかく逃げないで、来たものは全部受け入れて下さい。
でもたまに、一人ではクリアー出来ないような問題も確かに来ます。
それは、そこで逃げるかどうか、試されているのだと思いますね。
【お試し】はいっぱい来ます。
私も以前あったのですが、「今回の問題は、ちょっと一人ではクリアーできないな」と思いましたが、「いやいやクリアー出来ない問題がくるわけない」ということで、「どうぞ」という感じで受け入れたのです。
その時は確かに一人では無理だったのですが、本当に一人では無理な場合には、サポートして下さる人を引き寄せますね。
それで、なんなくクリアーしてしまいます。
ですから逃げなければ、本当に奇跡のようなことが簡単に起こりますから、とにかく逃げないでください。


あるがままに生きる 1  2 3


あるがままに生きる  足立幸子

 1994年10月 3日 第 1刷発行
 2004年10月18日 第24刷発行
 七賢出版株式会社
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by sadomago | 2005-10-31 14:35 | 過去生・未来世・転生
2005年 10月 18日
霊魂の存在に関する学術的研究(下)
HOTWIRED 

霊魂の存在に関する学術的研究(下)
2005年10月11日 2:00am PT
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20051017307.html

ヒューマン・エネルギー・システム研究所の所長を務めるゲリー・シュウォーツ教授(心理学)は次のように話した。「われわれの研究は3つの領域に分かれている。1つ目はいかにも物議をかもす領域。2つ目は非常に物議をかもす領域。そして3つ目は極度に物議をかもす領域だ」

 その3つ目の領域にあたるのが、霊媒師に電子メールで質問するシュウォーツ教授の新しいプロジェクトだ。このプロジェクトでは、研究者が死者の遺族と話をした後、その死者に関する質問を電子メールで霊媒師に送る。シュウォーツ教授によると、霊媒師が前もって知らされる情報は死者の名前だけだという(もしかしたら死後の世界にも、電話番号案内のような便利なサービスがあるのだろうか)。プロジェクトのための霊媒師は現在募集中だ。

 霊媒師は2人の死者に関する質問に答え、研究者がそれら2つの回答を比較する。

 たとえば、1人の霊媒師がジムと名乗る人から彼の死んだ妻アビゲイルについて質問され、さらにデビッドという人から彼の死んだ妻ビクトリアについて質問されたとしよう。シュウォーツ教授によると、質問の内容は「アビゲイルの外見は」とか「アビゲイルの死因は」といったことになるという。

 そして、どちらが誰に関するものかわからない状態で、ジムが2人分の回答を見て、自分の妻に関する回答を選んだとすれば、その霊媒師が何かを感じ取っていた印となる。同じような実験を繰り返し、有効な結果が出れば、とりわけその可能性は高まる。

 バージニア大学の『パーソナリティー研究部門』も来世に関する研究の拠点だ。ここでは臨死体験(手術台で幻を見る体験)の研究を行なっており、さらに、前世について語る子供たちの話をまとめている研究者もいる。

 こうした研究によって、実際に来世や魂の存在を示唆する何かが見つかっているのだろうか?シュウォーツ教授によると、これまでに20人ほどの霊媒師が研究にかかわっているが、まさに一部の人は、死者と接触したり、少なくとも死者についての詳細を探ることができているという。

 「霊媒師の中には、確かに情報を得ている人々がいる。その際に不正は行なっていないし、コールドリーディング[さりげない会話を通して情報を引き出す手法]でもない。既存の手法はいっさい使われていない」とシュウォーツ教授は話す。シュウォーツ教授は最近、NBCのドラマ『霊媒』に関連した著書を執筆したところだ。

 『スケプティカル・インクワイアラー』誌の発行人で、『サイエンティフィック・アメリカン』誌のコラムニストでもあるマイクル・シャーマー氏は、こうした話をばかばかしいと一蹴する。正体を暴露しないと気がすまないシャーマー氏は、超常現象の研究は機能していないと考える。

 「120年余りも前から本格的な科学研究が行なわれているにもかかわらず、信頼できる、一貫した、再現可能な有効な結果が出ていないときに、金と労力と時間を使い続ける意味などあるのだろうか」とシャーマー氏は問いかける。「現時点で何も見つかっていないならば、おそらくこの先も見つからないだろう」

 いっぽう、科学ジャーナリストのローチ氏は、ゴーストハンターや輪廻を追跡する人々など、あらゆるものを求めてインドからイギリスまでを渡り歩き、超常現象に関する研究について独自の考えを持つようになった。ローチ氏はNBCのドラマ『霊媒』のモデルとなった霊媒師のドゥボイスさんとじかに会ったことがあり、このときを含めて何度か驚きを体験している。また、手術中の患者の見る幻について実際に何かが存在するかもしれないことを示唆する臨死体験の研究にも興味をそそられている。

 しかし、このようにぼんやりとした形が見えているにもかかわらず、超常現象の研究が説得力に欠ける点には「かなり失望している」とローチ氏。とはいえこうも話している。「まだすべてが解明されたわけではないという気持ちのほうが大きい。必ずしも科学がすべての答えを導き出せるとは限らない」

[日本語版:米井香織/多々良和臣]

霊魂の存在に関する学術的研究(上)
http://sadomago.exblog.jp/m2005-10-01/#3624558
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by sadomago | 2005-10-18 06:12 | 過去生・未来世・転生
2005年 10月 17日
子供を亡くした母親達と不快なエセ宗教家達についての一考察 (Blog)
木走日記 http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/
子供を亡くした母親達と不快なエセ宗教家達についての一考察
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050930/1128051259

< 一部分のみ抜粋 >

>ロシアで子供の復活を予言した自称「キリストの再臨」についてですが、多分にキリスト教の終末思想の影響でしょうね。仮に10月に子供が復活しなくとも、彼は再び神の声を語り、新たな予言をして、母親達の心を掴みつづけるでしょう。誰も真剣に子供の復活を信じているとは思いません。ただ現実がつらいから、逃げ場があればそこに行ってしまうだけの話です。本来信仰は人生に於いて遭遇する現実の不条理に如何に立ち向かうかを教えるものだと思っています。癒しはその中の一部です。経験的には、癒しの部分にしか注目が行かないから、このような話も出てくるのだと感じます。しかし、悲しい話ですね。
 
なるほど、新たな予言をして、母親達の心を掴みつづけるわけですか。

 
>あと、交差点で花を添える母親の話ですが、どうでしょうね。お釈迦様が今の世に居たら・・・・、多分、雨の中、一緒になって手を合わせて祈るんでしょうね。相手を同じ位置に立った上で何か教えを説くと思います。多分に母親の気持ちを受け止めた上で、子供の霊の成仏を確信させるような感じですか。
 
うむ、参考になります。相手を同じ位置に立った上で語るわけですね。

>多分に、ロシアの自称「キリスト」もTVに出た霊能者も、こうした人の立場にたった思いやりや人格を持っていないし、その意味が分かって居ないんでしょうね。
 
くわしいことはわかりませんが、自己中心的行動のような気がするのです。

ふにふに様

>終末論を展開するエセ宗教家は世界中にいますからねぇ。
お隣の韓国でも1992年に世界が終わると予言していて、
結局何も起こらず、大騒ぎになったりしてたし・・・・
信者が怒って教祖をボコボコにしてたような気がする。
 
ああその話既知です。

>ワタシャ田舎侍の子孫なんで曹洞宗らしいのですが、法事と盆・お彼岸の墓参りくらいですねぇ、それを意識するのは。
そうですよね、一般的な日本人としては盆とお彼岸ぐらいですよね。

>ある意味これも本音と建前の文化ですかねぇ。
 
どうなんでしょうねえ。


バイス様

>「私は典型的な宗教に疎遠な日本人であります。」という意見に反対です。
日本人の宗教は「融合そのもの」であり、仏教・神教・キリスト教などを融合したものが、日本人の宗教です。そして、それを恥じる必要は全くありません。キリスト教やイスラム教のように1神教の信者は多神教や土着宗教を軽視し、日本人も彼らの宗教観を受け入れてますが、おかしいことです。
 
おお、反対意見ですね。(驚

>食事のさいに「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせ、愛着ある物体に名前をつけ、最後は供養する。日本の八百万神の伝統が日常生活にあふれています。ただ単に意識していないだけです。つまり、われわれ日本人は宗教観の非常に強い人種だと思います。
 
なるほど、いやいやこれは納得できるなあ。

>逆に、宗教に疎遠であるという思い込みこそ、えせ宗教に取り込まれる原因だと思います。もし、外人に「あなたは何を信じますか?」と聞かれたら、「日本古来からの八百万神を信じており、その神の中にはキリストや仏も含まれる」と答えるべきではないでしょうか。
 
うーん、勉強になりました。
 そうか、一神教の信者とは形態が違うが、日本人は宗教観の非常に強い人種であるというご主張ですね。

Gedol様
 
ども。

>その事故現場の件、その母親もかわいそうだとは思いますが・・・母親が子の成仏を願って毎日花を供える様になったと言う事は、問題の霊媒師は全く信用されなかったって事ですよね。彼は「成仏できないでいる子供の霊」を発見し、「成仏させた」事になっているのに、母親にその後成仏を願った行動をされたら大無しです。
 
これは深い視点ですね。
 私の解釈では「霊媒師は全く信用されなかった」のかはわかりませんが、母親は「霊視」の内容は少なくともとても信じたのではないか、そして我が子が死んでからまで他人に迷惑を掛けることにショックを覚えたのではないのかと考えました。

>実際には付近の事故記録を調査して該当しそうな事故のデータに基いてパフォーマンスをするというお手軽コースだったのでしょうが、詰めが甘いぞ>霊媒師。
 
そんなところでしょうね。

>ロシアの宗教家について言えば随分短期決戦なストーリーを作ったなぁ・・・と。そんな短期間に資金の巻き上げor信者獲得するのは無理筋なので、「復活を阻害した理由」をどこかに持っていくのだろうと思いますが、それにしてもあまり組織拡大の役には立ちそうも無いし。
 もしかしたら彼は「天使の言葉」を真に受けて、本当に「自分はキリストの再来で、子供たちは10月に復活する」と信じ込んでいるのかもしれません。と、なると復活失敗後の行動が気がかりです。
 
えーっと、どちらにしてもかわいそうなのは信じている母親達ですよね。


つーさん様

>テーマはいちおう宗教でしょうが、この自称「キリストの再臨」者は、宗教家として語るべき対象なのかおおいに疑問です。超能力による治療などを売り物にするなど、ただの俗物なのでは。
俗物ですか・・・

>またTV取材クルーとともにやってきた有名な霊能力者のほうは、もう完全に金儲け目的、売名目的の宗教とは縁もゆかりもない御人でしょう。真の宗教家がこのような不埒な内容のTVのワイドショーに出演するわけがない。百歩ゆずっても、遺族に対しなんの救いも配慮もないこの愚かな無分別な行動はどのようなやり取りがあったか知らんが、万死に値する愚行でしょう。
 万死に値する愚行ですか・・・

 詳細をつかんではいないですが、結果として意図していなかったとはいえ、かわいそうな一人の母親にむごい仕打ちをしてしまったのですよね。

>私は霊的存在を信じていますよ。特に優れた芸術家に宿るとされる崇高な精霊たちを。
 
ショパンも精霊たちを感じてたのでしょうね。

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by sadomago | 2005-10-17 14:30 | 過去生・未来世・転生
2005年 10月 16日
14世ダライ・ラマ法王発見の経緯と輪廻転生制度
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
http://www.tibethouse.jp/

ダライ・ラマ法王と転生探し
14世ダライ・ラマ法王発見の経緯と輪廻転生制度

< 中略 >

ラモ・トゥンドゥプ少年の発見
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/hh_reincarnation.html#04

当時、チベットの交通手段は、馬、ロバ、ヤクに頼るのが普通だった。捜索隊一行がラサから東チベットのクンブム僧院に着くまで4カ月以上が経過していた。クンブム僧院に向かう途中、ケグドーに立ち寄り、レティン摂政からの手紙と贈り物をパンチェン・ラマに贈り、祝福を受けた。そしてこの時一行は、パンチェン・ラマから僧院近辺の3人の転生候補者の名前と特徴を告げられる。そして、クンブム僧院の周辺の環境は聖湖で見たのと酷似していたため、探していた場所はこの付近に間違いないと思うのであった。
当時、国民党政府はその一帯を中国人省長の馬歩青という人物に任せていた。一行は馬歩青のもとへ伺い、新しいダライ・ラマ法王の転生者を探すためにチベット各地域に代表団を派遣していること、自分達がアムドへ派遣された一行であることなどを伝え、援助と協力を頼んだ。
パンチェン・ラマから告げられた三人の候補者の一人に現ダライ・ラマ、ラモ・トゥンドゥプ少年がいた。タクツェル村のラモ少年宅を初めて訪れた様子は以下の通りである。

高僧のケゥツァン・リンポチェは、ロックパという羊の毛皮で作った着物を着用して召使の格好、秘書のロサン・ツェワンは隊長の格好である。一行はラモ少年の母親に自分たちが旅の途中で今夜泊めて欲しい旨を伝えた。母親は身なりのいいロサン・ツェワンを丁寧に応接間へ案内、みすぼらしい格好のケゥツァン・リンポチェを台所へ案内した。この時、3歳にも満たないラモ少年は、台所に来て一行をじっと見つめていた。ケゥツァン・リンポチェが首に巻いていた数珠を触ってマントラの「マニ、マニ」を唱え、さらに欲しいとせがんだ。その数珠はダライ・ラマ13世のものだった・・・。ケゥツァン・リンポチェはラモ少年に「私が誰か解ればあげよう」と言ったところ、ラモ少年は「セラのアカ(この地方の方言では僧侶のことをアカという)」と答えた。そしてさらに「中にいるのは誰だ」と聞くと、「ロサン」と答えたのである。ケゥツァン・リンポチェは、嬉しさのあまり目一杯涙ぐみ、自分の首にかけてあった数珠を取ってラモ少年の首にかけた。ラモ少年は嬉しそうな笑顔を見せながら再び「マニ、マニ」と唱えた。ケゥツァン・リンポチェは、言葉では表せないほど感無量な気持ちになり、ラモ少年を見つめた。翌朝、一行が出発する時、 ラモ少年も一緒に行きたいと泣き出した。ケゥツァン・リンポチェは、ラモ少年に近いうち戻ってくると約束した。

◆ 少年との再会、そして14世の即位へ

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by sadomago | 2005-10-16 16:45 | 過去生・未来世・転生
2005年 10月 16日
心臓移植で転移する人格 - 記憶は細胞に宿るか

心臓移植で転移する人格 - 記憶は細胞に宿るか

X51.ORG
http://x51.org/x/05/03/0202.php

【DailyStar/etc】「サッカー、バスケットボールが大好きなんです。声をかけられたら、いつだって参加してますね。それにメキシコ料理も今では私の大のお気に入りなんです。」そう語るのはハイメ・シャーマン(28)である。彼女は以前、運動することを嫌い、またメキシコ料理は何よりも苦手だった。彼女の好みはもっぱらイタリア料理 - 特にパスタが大好きだった。しかし三年前、心臓移植の手術を受けて以来、彼女の趣味嗜好は一変した。現在、アリゾナ州立大学の心理学科で学ぶ彼女は、心臓移植後に体験した自身の大きな変化に戸惑ったが、ある日、それが彼女だけの症状でないことを聞かされた。

医師の話によれば、彼女と同じように心臓移植を受けた人物が、手術以降、彼女のように大きな趣味嗜好の変化を体験したという。そして驚くべきことに、その新たな趣味嗜好は、彼に心臓を託してこの世を去った提供者(ドナー)のそれとピタリと一致していたというのである。それはあたかも、生前のドナーが受領者(レシピエント)の新たな肉体を得て蘇ったかにさえ思えたという。

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by sadomago | 2005-10-16 06:51 | 過去生・未来世・転生
2005年 10月 16日
霊魂の存在に関する学術的研究(上)
HOTWIRED 
霊魂の存在に関する学術的研究(上)2005年10月11日 2:00am PT
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20051014302.html

 アリゾナ大学の心理学研究所は「動的情報エネルギーシステム」や「意識は生き残るという仮説」の研究に時間を費やしている。一方でバージニア大学の心臓専門医たちは、心臓病患者が手術中に「超常的な世界」に入るかどうかを研究している。さらに同大学の精神科医は、世界中から「輪廻(りんね)」と考えられる事例の記録をまとめている。

 わかりやすく言うと、米国でもトップレベルにある2つの大学の教授や医師たちが、魂や臨死体験、霊魂の生まれ変わりについて研究しているのだ。

 もちろん、来世の謎を解き明かそうとした科学者は、アリストテレスからトーマス・エジソンに至るまで、歴史をさかのぼれば大勢いる。たとえばエジソンは、ゾウを感電死させるかたわら、死体にメガホンを置いてじっと観察していた。しかし、この現代に来世の研究だって? しかも正統な高等教育機関で? いったいどういうことだろう。

 カリフォルニア州オークランド在住の科学ジャーナリスト、メアリー・ローチ氏によると、こうした研究機関は来世の存在をめぐる論争に目を向け、こう断言しているという。「『それは研究可能だ。(この分野でも)専門家による相互評価を経た研究という原則を当てはめることができる。われわれにはそれができる。もちろん、なぞは解明できる』」。ローチ氏は最近、『幽霊:科学が来世に挑む』(Spook: Science Tackles the Afterlife)という著書を出版している。

 もともと疑い深い性格のローチ氏は、2003年に出版されてベストセラーになった『死体はみんな生きている』[邦訳・日本放送出版協会刊]の執筆中に、魂の科学に興味を持つようになった。同著の中でローチ氏は、ニューイングランド州の医師ダンカン・マクドゥーガル博士の奇妙な話に触れている。マクドゥーガル博士の発見は、ベニチオ・デル・トロが出演した2003年の『21グラム』という映画のタイトルで、人々の心に刻まれることになった。

 マクドゥーガル博士は魂に重さがあるとの仮説を立て、末期の肺結核患者をはかりに乗せれば測定できると考えた。人は死ぬとき魂の分だけ体が軽くなるだろう、と。瀕死の男性を使って行なわれた実験の結果、どうやら死の瞬間に、魂がどこかに移り、21グラム軽くなったようだった。

 この研究は信憑性に欠けるとされ、マクドゥーガル博士は今ではちょっと変わった人間という扱いになっている。ただしローチ氏は、20世紀初頭の「米国人の気概」を象徴するマクドゥーガル博士の研究にほれ込んだ。そして来世に関する研究、さらにはこうした研究のまやかしを暴こうとする活動の歴史をまとめはじめた。ローチ氏は「膣から出てきた」エクトプラズム(詳しいことは聞かないでほしい)や超低周波音と幽霊の関係といったテーマに果敢に取り組んだ。

 ローチ氏によると、今日の学術界では来世の研究は隅に追いやられた存在だという。「現在進められている研究はほとんどない」とローチ氏は話す。「正統な研究でさえ容易には研究資金を得られないような時代なので、超心理学のように一見不真面目と思われがちな分野では(苦労するのは)当然のことだ」

 それでも、税金の一部――そしていくばくかの民間の支援――が現代の科学では説明できない世界の研究に向けられている。「このようなくだらない研究に金を使うなんてもってのほかだと考える人もいれば、医学や心理学の分野で扱うべき重要な問題だと考える人もいる」とローチ氏は話した。

 たとえばアリゾナ大学では、『ヒューマン・エネルギー・システム研究所』という無難な名前の施設で、研究者が霊能者を介して死者にさかんに質問を行なっている。この研究所の年間予算は約50万ドル。研究対象となっている人の中には、米NBCのドラマ『霊媒』(Medium)のモデルとなったアリソン・ドゥボイスさんもいる。研究所ではこのほか、「エネルギーヒーリング」や「手かざし療法」といったテーマにも取り組んでいる。

霊魂の存在に関する学術的研究(下)
http://sadomago.exblog.jp/3640257/
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by sadomago | 2005-10-16 06:47 | 過去生・未来世・転生