2006年 06月 08日
前世療法の探求
前世療法の探求

2006年5月20日 第1刷発行
発行:春秋社
筆者:稲垣勝巳

あとがき

 筆者と催眠との出会いは、幼児期にまで遡ります。祖父に催眠の心得があり、離れの座敷へ訪ねてくる人の、施療していた姿をしばしば見て育ちました。今で言うボランティで施療していたようです。羽織を来て正座し、催眠暗示をしている姿は今でも鮮明に覚えています。当時小学生だった妹が、車酔いを祖父から治してもらったと自慢していたのを聞かされて、催眠術なんてインチキくさいよ、とからかったことも覚えています。祖父の催眠技能がどれほどのものであったかは知る由もありませんが、吃音・車酔い・悪癖などで悩む訪問者が結構ありましたから、改善率はある程度あったと思われます。
 やがて中学校教員になった筆者は、学級の子どもたちの車酔いを改善したり、学習指導に催眠を利用できないかと考えて、祖父に催眠の伝授を頼みました。祖父の返答は素っ気無いもので、「おんしは、人間がまだできておらん。断る」 というものでした。 それでも、80歳過ぎて寝込むと筆者を枕元に呼び、 「あの本棚に催眠の秘伝書が2冊ある。おんしに譲る。催眠は自得するものである。精進せよ」 と遺言を残して逝きました。筆者29歳のときのことです。遺品の書名は、『催眠施術秘儀』 『催眠術自宅獨習書』(横井圓二、精神科學社、大正六年)で、和綴じの二冊とも非売品と銘打ってあります。本書は、この頑固だった祖父に捧げるものであります。
 催眠の理論研究に取り組み始めたのは、35歳のとき上越教育大学大学院に研修派遣されたときでした。

< 中略 >

 前世療法に取り組み始め、 「前世記憶」 「中間生」 「神的存在者」 などの解釈者に思いを巡らせていた筆者に、おおきな示唆を与えてくださったのは、畏敬する成瀬悟策先生でした。先生は2004年2月、明治学院大学で開かれた、第29回日本教育催眠学会の対談席上で、「脳は心の家来です」 「脳の病変によって動かないとされている脳性麻痺の動作訓練を催眠暗示でやってみると、動かないとされていた腕が動くようになりました。しかし、脳の病変はそのままです。こうしたことから身体を動かすのは脳ではなく、『オレ』 であることにやっと気づきました。私のこの考え方を、正統医学は賛成しないでしょうが21世紀の終わりには、私の言ってることが明らかになるでしょう』 と言われました。筆者の理解が誤っていなければ、成瀬先生のこの考え方は 「心・脳2言論」 の言明であることになります。海外でも、W・ペンフィールド、J・エックルズ、R・スペリーなど優れた大脳科学者が、自らの実験研究をもとに 「心・脳2言論」 に至ったことを思うと、催眠研究歴60年の成瀬先生の言明には重さがあり、解釈としての 「死後存続仮説」 をとることに躊躇していた筆者には、深く共感できるお話でした。
 一般に信じられる言説、つまり、心は脳の随伴現象であり、脳の消滅とともに心も消滅してしまえば、生前に経験されたものはすべて棄却されることになる、という言説は、唯物論科学の立場から、その立場上構成されている「信念」 や 「主張」 をそのまま表現したものであって、その言説自体は、科学的に確定された手続きによって、証明・検証されたものではないのです。「心・脳2言論」は、この事実を認め、物質である脳の消滅後も、脳とは別個の実在である 「オレ(意識体)」の、死後生存可能性を否定しないことを意味します。したがって、成瀬先生のお話を契機に、「死後存続仮説」は、ありうべからざる非科学的憶測説として忌避されるものでは決してない、と益々思うようになりました。

<後略>


心臓移植で転移する人格 - 記憶は細胞に宿るか
霊魂の存在に関する学術的研究
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by sadomago | 2006-06-08 22:01 | 過去生・未来世・転生


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