2006年 02月 18日
「神との対話」-個人的な真実について―<普及版>(1) 著者 二ール・ドナルド・ウォルシュ 訳者 吉田利子 2001年1月30日 初版発行 株式会社サンマーク出版 P47~ 親は、あなたをいちばん愛している。それなら、どうして偽りを教えるのだろう。 ・・・・・思い出してみてほしい。親は、こしてはいけない、こうしなくてはいけないと叱りはしなかっただろうか。子供はおとなしくいう事をきいていればいい、うるさく口を出してはいけない、とは言わなかっただろうか。あなたが元気いっぱいなときに、たしなめはしなかったか。大胆な創造をめぐらしているときに、そんなことはやめなさいと言わなかったか。 その言葉を聞いて、あなたは、それが神のメッセージの基準にあわず、神のメッセージではないにもかかわらず、そうだと思った。あなたにとっては宇宙の神々とも思える人たちから送られたメッセージだったからだ。 愛は条件つきだと教えたのは親だ。あなたはそれをたびたび感じ取った。そしておとなになってから、その経験を愛する人との関係にあてはめる。 さらに、神との関係にもあてはめる。 その経験をもとに、わたしについて考え、その枠組みにとらわれている。「神は愛に満ちあふれている」とあなたは言う。「だが、神の戒律を破れば、永遠に追放され、永久に罰せられるだろう」と。 なぜって、親に突き放された経験があるから。親に罰せられた苦しみを知っているから。だから、わたしの場合も同じだとおもうのではないか。 あなたがたは、無条件に愛されるというのはどんなことかを忘れている。神の愛の体験を思い出せない。だから、世間で見出す愛を基準にして、神の愛も同じようなものだと思う。 あなたは「親」の役割を神に投影し、良いか悪いか判断して、褒美を与えたり罰したりする神を想像する。だが、それはあなた方の神話にもとづく、単純すぎる見方だ。ほんとうのわたしとは何の関係も無い。 こうして神の真実ではなく、人間的な経験をもとに、あなた方は神についての思想をこしらえた。そこから愛をめぐる現実のすべてが生まれた。それは不安の上にきずかれた現実で、復讐心をもった恐ろしい神と言う考え方に根ざしている。神が恐ろしいものだと言う考え方は間違っているが、それを否定すればあなた方の宗教は崩れる。それに代わる新しい宗教こそ新の救済なのだが、あなたがたは受け入れられない。なぜなら、恐れる必要のない神、善悪をきめつけたり、罰を与えたりしない神は、あまりにすばらしすぎて、あなたがたが考える最も偉大な神にさえあてはまらないからだ。 不安を秘めた愛という現実が、あなたがたの愛の経験を支配している。愛の経験を作り出していると言ってもいい。なぜなら、あなたがたは条件つきで愛されるだけでなく、自分も同じように、相手を条件つきで愛していることに気づくからだ。そして、相手から退いたり、自分のなかに引きこもったり、条件をつけたりしながらも、ほんとうの愛はそんなものではないとどこかで感じている。だが、自分には愛し方を変える力はないと思う。つらい思いをして愛し方を学んだのに、また無防備になったらきっとひどい目にあうと思う。ほんとうは、愛し方を変えないほうがひどい目にあうのだ。 愛について (間違った) 考え方をしているから、あなたがたは純粋な愛を体験できない。それに、真のわたしを知ることもできない。だが、それも、いつかは終わる。なぜなら、永遠にわたしを否定しつづけることはできず、やがては和解の時が訪れるからだ。 人間の行動のすべては、愛か不安に根ざしている。人間関係だけではない。ビジネスや産業、政治、宗教、子供たちの教育、国家の社会問題、社会の経済目標、戦争や平和、襲撃、防衛、攻撃、降伏に影響を及ぼす決断、欲しがったり与えたり、ためこんだり分けあったり、団結したり分裂したりと言う意思決定、自由な選択のすべてが、存在しうるただ二つの考えから発している。愛という考えか、不安という考えから。 不安はちぢこまり、閉ざし、引きこもり、走り、隠れ、蓄え、傷つけるエネルギーである。 愛は広がり、開放し、送り出し、とどまり、明るみに出し、分けあい、癒すエネルギーある。 不安だから身体を衣服で包むのであって、愛があれば裸で立つことができる。不安があるから、もっているもののすべてにしがみつき、かじりつくが、愛があれば、もっているすべてを与えることができる。不安はしっかりと抱えこみ、愛は優しく抱きとる。不安はつかみ、愛は開放する。不安はいらだたせ、愛はなだめる。不安は攻撃し、愛は育む。 人間の考え、言葉、行為にすべては、どちらかの感情がもとになっている。ほかに選択の余地はない。これ以外の選択肢はないからだ。 だが、どちらを選ぶかは自由に決められる。 簡単なことのようにおっしゃいますが、決断しようとすると不安が勝ってしまうほうが多いですよね。それはなぜですか?不安を抱えて生きるように教えられているからだ。あなたがたは適者生存、いちばん強い者が勝利を得る、いちばん利口な者が成功すると聞かされてきた。いちばん愛らしいものの栄光ついては、ごくわずかしか語られない。だから――いろいろな方法で――あなたがたは適者になろう、いちばん強くなろう、利口になろうと必死になり、どんな状況でも、少しでも劣っていれば負けてしまうと言う不安におびえる。子供のころからずっと、劣った者が負けると言い聞かされてきたためだ。 あなたがたはもちろん、不安に支えられた行動を選択する。そう教えられてきたからだ。だが教えてあげよう。愛に支えられた行動をとれば、生き延びるだけでなく、勝利するだけでなく、成功するだけでなく、それ以上のことができる。そのとき、自分はほうんとうは何者か、そして何者になりえるのかという、栄光に包まれた経験ができるだろう。 そのためには、善意ではあるが間違った教師たちの教えを退け、べつの種類の智恵をもったひとたちの教えに耳を傾けなければいけない。 そういうすぐれた教師は、昔も今もたくさんいる。 わたしは、真実を教え、導き、思い出させるひとたちなしに、あなたがたを放っておきはしない。しかし、いちばん偉大な教師は外にいる者ではなく、あなたがたの心の声である。それが、わたしが使う一番の道具だ。 あなたがたの心の声は、わたしのいちばん大きな声だ。なぜなら、あなたがたにいちばん身近なこえだから。心の声は、すべてについて、あなたがたの言葉で言えば、真実か偽りか、正しいか間違っているか、良いか悪いかを教えてくれる。それに従う気になりさえすれば、進路を決めるレーダー、船の舵、旅の道案内となる。 その声はたったいまも、あなたが読んでいるこの言葉が、愛の言葉か不安の言葉かを教えてくれるはずだ。この物差しを使えば、従うべき言葉か無視すべき言葉かわかるだろう。 Vol 1 2 3 4 5 6 7
by sadomago
| 2006-02-18 08:59
| 神との対話
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