2006年 02月 04日
量子のからみあう宇宙Vol2
量子のからみあう宇宙
天才物理学者を悩ませた素粒子の奔放な振る舞い
2004年8月20目初版印刷
2004年8月31目初版発行


著者:アミール・D・アクゼル
訳者:水谷淳
発行:早川書房


P97~
 ホイーラーは量子力学以外にも、物理学のさまざまな分野で重要な業績を残した。そのなかには、重力理論や相対論、宇宙論も含まれている。彼は、重い星が死んだ結果生じる時空の特異点を「ブラックホール」と名づけた。ホイーラーはまた、ニールス・ボーアとともに核分裂を発見した。しかし2001年1月、90歳のホイーラーは心臓発作を起こした。それをきっかけに彼は人生を見つめなおし、残された時間を物理学の最重要課題、量子の謎に捧げようと決心した。
 ホイーラに言わせると、量子の間題はすなわち、存在とは何かという問題である、ボーアの研究生だったH・カシミールは、量子に関するボーアとハイゼンベルクの議論の様子を語り伝えている。二人は共通の友人である哲学者ヘフディングの家に招かれ、そこでヤングの二重スリット実験とその重子論的意味について語りあった。「粒子はどこを通ったのか。?」「どちらか片方のスリットを通ったのか?」議論が進むとポーアは考え込み、こう言った。存在・・・存在・・・・・存在・・・・・、存在するとはどういう意味だろう?」
 のちにジョン・ホイーラーは、ヤングの二重スリット実験を新たな段階へと引きあげた。彼は、実験者が測定によって「歴史」を変えることができるということを、見事な方法で示した。実験者という人間は、どのような方法で測定するかを選ぶことによって、『過去に何が起こったか」を決定できるのである。ホイーラーの論文『法則のない法則』をもとに、彼の実験を説明していこう。
  この論文の中でホイーラーは、ヤングの二重スリット実検を改良した。
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上図は本来の二重スリット実験である。




 二つのスリットの開いた壁に光が当たると、水面の波と同様に二つ波が生じる。そして。二つの波が出会うと、お互いに相互作用する。干渉して足しあわされた場所では振幅の大きな波ができ、相殺された場所では小さな振幅の波ができる。一方、ホイーラーによる改良版の実験では、スリットの代わりに鏡を置き、普通の光よりも正確に制御できるレーザー光を使う。より厳密な実験では、光ファイバーを使うこともある。
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 以下、二重スリット実験を改良した最も単純な実験装置を説明しよう。この装置は菱形の構造をしている。光源から発した光はハーフミラーに当たり、そこで光の半分が透過してもう半分が反射する。この鏡はやって来た光を反射光と透過光とに分けるので、「ビームスプリッター」と呼ばれる。その後二つの光は鏡で反射してお互いに交差し、検出器に入る。どちらの検出器が光子を検出したかを見れば、実験者は光子がどちらの経路を通ってきたかを知ることができる。光子はビームスプリッターを通過したのか反射したのか、それを判断できるということだ。あるいは実験者は、二つの光がちょうど交差する位置にもう一つのビームスプリッター(ハーフミラ-)を置くこともできる。すると二重スリット実験の場合と同様に、二つの光はお互いに干渉しあう。この場合一方の検出器(二つの光が足しあわされるほう)が光子を検出し、もう一方(二つの光が相殺しあうほう)は光子を検出しない。ここで一度に一個の光子しか出てこないような弱い光を使って実験を行なうと、光子は両方の経路を通ってきたことがわかる。光子はーつめのピームスプリッターで、反射も透過もしたことになる(もしそうでなければ、干渉は起こらず両方の検出器が光子を検出するはずだが、実際にはそうはならない)。
 ホイーラーによれば、アインシュタインは思考実験の中でこれと同様の状況を考え、そして次のように言った。「一個の光子が同時に二つの経路を通ることはありえない。ハーフミラーを外せぱどちらか片方の検出器が鳴る。したがってこの光子は、一方の経路だけを通ってきたはずだ。「一方の経路を通ったが両方の経路を通った』『両方の経路を通ったが一方の経路を通った』なんと無意味なことか! 量子力学が矛盾を抱えているのは明らかだ! ボーアは矛盾はないと言い張っている。しかし二つの実験は。まったく別物なのだ。一つはハーフミラーを外した実験で、この場合光子がどちらの経路を通ったかがわかる。もう一つはハーフミラーを収り付けた実験で、この場合光子が両方の経銘を通ったという証拠が得られる。しかし二つの実験を同時に行なうのは不可能だ』

 ホイーラーは、実験者が光子の通った経路を選べるのではないかと者えた。実験者が二番目のビ-ムスプリッターを外すと、検出器は光子がどちらの径路を通ったかを教えてくれる。二番めのビームスプリッターを取り付けると、片方の検出器だけが鳴ることから、光子が両方の経路を通ってきたことがわかる。ビームスプリッターを外すかどうかを選択するまでは、この装置の中の光子はさまざまな可能性を持った状態にある(複数の可能性が同時に存在しうる)。ビームスブリヅターを外すかどうかを選択すると、どの可能性が現実となるかが決まる。この二通りの実験の様子を上の図に示そう。

 ホイーラーによれば、驚くことに実験者は、「遅延選択」をすることで歴史を変えられる。実験者は第二のビームスプリッターを入れるがどうかを、光子がすでに目的地に近づいた時点で選択できるのだ。現代の技術を用いれば、極めて短い時間内、つまり光子がもうすぐ到着するという時点で、ビームスプリッターを入れるかどうかをランダムに選ぶことができる。するとわれわれは、光子がどういった経路を通ってきたかを、それが起こった後に選ぶことができる。一方の経路を通ってきたのか、両方の経路を通ってきたのがを選択できるのだ。
 そしてホイーラーは、この奇妙なアイデアを宇宙に当てはめた。彼は次のように考えた。「宇宙はどのようにして存在するようになったのか?宇宙は、われわれの決して知りえないはるか昔の不思議な過程で誕生したのか?あるいは、今現在も常に作用している仕組みによって存在しているのか?」そしてホイーラーは、ビッグバンと宇宙の誕生を量子的事象に結びつけた。1980年代から90年代に宇宙論学者たちは、ビッグバン当時の原初の混沌の中に存在した量子ゆらぎから銀河が形成されたというアイデアを思いついたが、ホイーラーはそれより何年も先んじていた。ホイーラーは、宇宙の誕生や歴史を解明するには、遅延選択実験について考える必要があるという結論に達した。すなわち、「通常の時間の流れとは逆に過去へと遡る」実験だ。彼は例として、0957+561A,0957+561B と呼ばれるクエーサーを取りあげた。この二つのクエーサーは、以前は別々の天体だと考えられていたが、今では一つのものだとわかっている。クエーサーからの光は、地球とクエーサーとのあいだにある銀河によって二つに分けられる。この銀河が「重カレンズ」として働き、クエーサーからの光を二つに分けているのだ。銀河によって分けられた二つの光は、五万光年離れたところを通過し、地球に届いたところで再び一つになる。ここでクエーサーをハーフミラーに、銀河を二つの鏡に見立てれば、それらを使って遅延選択実験を行なうことができる。宇宙規模での量子実験ができるのだ。実験室では数メートルだが、この場合は何十億光年の距離を使って実験することになる。しかし原理は一緒だ。
 ホイーラーは次のように述べている。「われわれは朝起きてから日が沈むまでのあいだに、『どちらかの経路を通る』ことを観測するのか、あるいは『両方の経路を通る』ことを観測するのかを決める。夜になって望遠鏡が使えるようになると、われわれは決定に応じてハーフーミラーを入れるか、あるいは外すかする。望遠鏡に単色化フィルターを取り付ければ、計数率を低く抑えられる。最初の光子が検出されるまでに、一時間かかることもあるだろう。第一の選択肢を選んだ場合、光子が検出器に入ると、それが『どちらの経路を通ってきたのか』がわかる。第二の選択肢の場合には、光源から検出器まで「両方の経路を通ってきた』光子の、波の位相のずれを知ることができる。重カレンズの役割を果たす銀河G‐1の付近では、二つの経路は五万光年離れている。しかしこの光子は、われわれが選択をする何十億年も前にそこを通過してしまっている。雑な言い方をすると、われわれは光子が何をしたのかを、事後に決定しているのだ。しかし実際は、光子の『経路』について語るのは正しくない。正しい言い方をするには、増幅という不可逆な作用が現象を完結させる前にその現象について語るのは意味がないということを、もう一度思い出さなければならない。いかなる基本現象も、記録(観測)されるまでは現象ではない」
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 上図:J.A.Wheeler,"Law without Law",Wheeler and Zureck,eds.,1983より転載
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by sadomago | 2006-02-04 09:21 | 量子


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