2005年 12月 23日
ウランの神に祈る
明窓出版
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宇宙心 立ち読みOKページ
鈴木美保子 著
明窓出版

<前略>
 旅は「特急やくも」で島根の出雲大社へと続きます。ここには厳かな古代の神様がいらっしゃいました。ちょうど運良くお神楽の舞を見ることができて、神代の時代に戻ったかのような気分になりました。大社から歩いて日本海に沈む日の入りを見に行きました。ちょうど村の猟師たちのお祭りで、神主たちが祝詞を唱え、大漁祈願でしょうか、笛や太鼓が夕闇に鳴り響き、猟師たちが神主さんから杯を受けていました。
 夜、宿の女将さんに美保神社への行き方を尋ね、翌朝、教えてもらった通りに何とか列車と渡り船を乗り継いで島根半島の先まで行ってみようと思っていました。美保神社だなんて、何だか自分の名前と縁がありそうな気がしてS先生にお聞きすると、「あんたは行かなくちゃならん」と助言していただいていたからです。そうしたら夜分、部屋をノックする人がいます。さっきの女将さんです。「美保神社に行きたい人がいるって話をしてたら、階下のYさんが、ちょうど隠岐の島に行くから車で乗せて行ってあげるって言ってるけど……」とのことです。「渡りに舟」とはまさにこのことです。
 翌朝、この親切なYさんは、私を美保神社の真ん前まで連れて行ってくれたのでした。おかげで汽車と舟の旅の数時間をセーブすることができました。そこには人っ子一人おらず、私は神様とのゆっくりした、とてもいい時間を過ごすことができ、いろいろな個人的メッセージもいただきました。ここ美保関町には九二年に宇宙から隕石が人家に落ちた場所でもあります。
 それから福岡では、友人が宗像神社へ連れて行ってくれました。清清しい大きな社が印象的でした。これほど集中して神社やお寺を回ったことはこれまで一度もありませんでした。それぞれの神々様の手応えのようなものをインスピレーションで感じさせていただきました。足固めをするとは、こうして自分で足を使って回ることなのかと思い、S先生の偉大さがいっそう身に沁みて感じられたのでした。

<中略>

予言の岩の前での儀式のときのことです。雲ひとつない抜けるような、紺碧の空をバックに、巨石の前でSさんが、両手を大きく広げて祓い清めの祝詞を唱えました。

「祓い給えよ、清め給え
 磨き給えよ、光らせ給え
「神と共に、神と共に、
 光と共に、光と共に、
 自然と共に、自然と共に…………」

「世界が平和でありますように
 万類が安泰でありますように
 地球が安泰でありますように
 人と自然が和合をとり
 人々が直く清く正しき真心を持ちますように
 地球よ、永遠であれ
 自然よ、永遠であれ
 宇宙よ、永遠であれ、
 神々様よ、とこしえに、とこしえに永遠であれ…………」

 美しい旋律がホピの聖地に響き渡ります。そして先住民の神に、ホピの神に、この土地の神に、そしてウランの神にまで、たたみかけるような、語りかけるような祝詞がSさんの口から出てきます。地球が、人類がここまできてしまったことへの謝罪、先住民たちの迫害された長い歴史へのねぎらい、毎回同じお経とは違って、Sさんの祈りは同じものは二つとてありません。祈りの作法みたいな形はなく、ただ心の底から胸に湧いてくる思いを切々と祈られるのです。悪の根源みたいなイメージになってしまっているウランにすら、Sさんは謝罪しました。悪い汚名を着せてしまって申し訳ありません、悪いのはウランではなく、それを悪の方向に使った人間の心なのです、と。



私はウランに謝る人を初めて見ました。Sさんはホピランドに出向く前にも、広島へ前拝みに行き、ウランの神様(精霊)に謝罪したそうです。ウランに謝罪するという発想そのものが、私には全く欠如していました。それは青天の霹靂ともいうべきものでした。正義感から「原爆反対」と言った私に対し、Sさんは深い愛から原爆〔ウラン〕が可哀想だというのですから。思いの深さ、次元の違いが歴然と示され、目からウロコが落ちる思いでした。

「文明国」の知識人はこれをアニミズムだとか、未開地の野蛮な土着信仰だとかで片付けてしまうのでしょうが、すべてがひとつの生命体(いのち)から発し、すべてが精霊によってつながっているというホピの世界観とはまったく違和感がなく、しっくりくるのです。いま、ニューサイエンスはこの世界観が正しいことを次々に証明してきています。

 これほど心打たれる祈りを、私はこれまで一度も聞いたことがありませんでした。これほどの言霊の持つパワーを、私はかつて知りませんでした。清めの涙がはらはらと止めどもなく落ちてきます。目からというよりは、心からというような涙です。魂が反応しているとしか思えません。情緒の涙ですらない、魂の深いところからほとばしり出る喜びの涙です。こんなことは初めてのことです。こんな祈りを聞くのも初めてです。そう、Sさんの祈りは心と魂に訴えるものなのです。そうでなかったら神様を動かすことなどできないのです。
 すると祈りの終わったSさんはそこで、一粒のきらきら光るダイヤモンドを見つけたのです。私たち一行も唖然とするばかりです。あとでユタのUさんに伺ったところでは、十年以上も前のこと、ホピ族とも交流のあるカナダのあるインディアンの酋長が、Uさんにこう告げたことがあったそうです。約束されたその人がこの岩の前に立つとき、ある秘密が明かされる、と。また、その人はダイヤモンドを拾うだろうと。この日、このカナダ先住民のダイヤの予言が成就されたのでした。このダイヤはいまもSさんの自宅に大切に飾られています。この後もSさんは世界を旅するなかで、各地に伝えられている予言を次々に成就していくことになるのですが、このダイヤの一件は、その後私がSさんとご一緒させていただくなかで目撃することになる一連の予言の成就の始まりにすぎないのです。
 祈りの終わった夜、ホピランドの降るような満天の星空を見上げていると、はたと気がつきました。十数年前にあのジプシーが言った「S」って、Sさんのことだ、と。私は両手を合わせて、しばらくその場に立ちつくしていました。その後、私のなかでSさんは確固としてS先生になっていきました。ここからはS先生と呼ばせていただきたいと思います。



宇宙心―宇宙時代を幕明けた無名の聖者からのメッセージ
鈴木 美保子 (著) Amazon 書評

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星5 沖縄に住む者として読むと更に感慨深いものでした, 2004/09/22
レビュアー: めいにゃん

この本に書かれている、沖縄県内での出来事(新聞に取り上げられたもの)は、ちゃんと記憶に残っていました。
ユタがホピ族の元を訪れた事。
絵本と花の種が無名の方の手で県内学校に届けられていた事。
そうか、この人だったんだ、と、とても心が温かくなりました。
S先生のお子様のエピソードもとても素敵でした。親が真心で生きていれば、ちゃんと子供はそれを見て、親の真心を受け継いで育つ事ができるんだな、って、これから親になろうとする私は安心できました。
でも、この星に生きる者として、目をそむけていた事がこんなにも、見えない世界の存在達にも涙を流させてしまっていたとは思いませんでした。
クリスタルチルドレンが現実のものとして世の中に広がりつつあるこの時代。
我々大人が、今までの認識を変えていく必要があります。
この星が流す涙を感じる心は、誰にでもあります。
今私たち大人に必要なのは、その心に気づく勇気と、
気づいた後の心の痛みを受け止める決意。
そして、今この瞬間この星の上で生きている事への素直な感謝ではないでしょうか。
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by sadomago | 2005-12-23 10:23 | 啓示・気付き


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