2005年 12月 06日
中村光也くん Vol2
光かがやく―光也が生まれてからこれまで―

著者:中村 光也
株式会社いやしの村
2004年6月19日 初版発行
http://iyashinomura.jp/

推薦のことば~人類にメッセージを伝えにやってきた~
ヒーラー中西研二

 こんな日が来るのを夢見ていました。初めて光也くんを見たとき、理屈を超えて伝わってくる光のようなものを感じたのです。「この子は人類にメッセージを伝えにやってきた」と直感しました。それから5年、光也くんは思ったとおり、いやそれ以上に素晴らしいメッセンジャーとして私たちの前に登場してくださいました。
 彼は私たちが知っている年齢の概念をことごとく覆してくれました。子供は勉強しなければ何もわからない。ましてや4,5歳児には大人の世界の話は無理・・・とは、私たちの思い込みであることに気づかされます。実際光也くんに夫婦間のトラブルや人間関係に悩んでいる人たちが相談しても、まだわずか5歳の子供とはけっして思えない適切な答えが返ってきます。まさに天才児としかいいようがありません。
 しかし光也くんはこういいます。
 「みんな、あたしと同じ能力をもっているのよ。ただ忘れちゃっただけ」
 では何故忘れてしまったのか。その疑問には、
 「みんな、否定されて育っていますからね。あれだけ否定されれば忘れちゃいますよ」という答えが返ってきます。
 たしかに私たちはたくさん叱られて、たくさんの否定言葉の中で育ちます。それも常に他人と比較されて。学校に行けば成績がすべて。その子の持っている特性や個性は成績に押しつぶされてしまいます。そのころになると、私たちの頭の中には他者との比較でしか考えられないような思考習慣が身についてしまうのです。しかも“自己否定”という自滅的な攻撃を繰り返しながら。
 あるがまま、そのままを丸ごと愛され、認められ、やることに称賛が集まるような子育てを人類がするようになれば、光也くんのようにすべての能力が開花する人々が地上にあふれます。競い合い、奪い合い、ののしりあう世界から、分かち合い、助け合いの大調和の世界へのキーワード、道標が光也くんの存在のような気がします。
 この本がきっかけとなって、光也くんの存在をひとりでも多くの人々に知ってもらえることを熱望しています。

合唱








10月の3ヶ月検診の時に、先生から「目が左ばかり向いている」と言われ、私たちもそう感じていたと話しました。耳につても難聴の可能性があるのではないかと指摘されました。一度神経発達外来を受診したほうが良いと言われ、T大病院を紹介されました。T大病院を受診して、CT検査を受けました。「脳のしわが他の子に比べて少ない。また、脳室がやや多きい」と言われ、「軽度の滑脳症」と診断されました。滑脳症には(1)発達が遅い、(2)けいれん発作がおこりやすい、という大問題があることも説明されました。3ヶ月目でもまだ首がすわっていませんでした。採血をして遺伝子の検査もしましたが、とくに異常は発見されませんでした。
 1999年(平成11年)の元旦に、突然けいれんの発作が起こりました。光也の力がなくなり、目だけ左を向いて顔色が悪くなったのです。私たちはパニックになりました・・・・・・病院で処方される薬の量と種類が増えました。この時の処方は(1)デパケンシロップ(バルプロ酸ナトリウム)、(2)ベンザリン細粒(ニトラゼパム細粒)、(3)ピリドキサール錠(リン酸ピリドキサール錠)でした。
 光也は泣きながら嫌がっていたのですが、私たちは薬をしっかり飲ませていました。やはり発作が怖かったのです。でも私たちは抗けいれん剤はあまり効果がないように思い始めていました。
 5月ごろ、ある人に相談し、薬の服用を中止することを決心しました。かわりに昆布などの原料で作られたという、粉末の健康食品を舌下で与えました。また、さまざまな薬草をお風呂に入れたという「薬草風呂」があると紹介され、そのお風呂に通ったりしました。いろいろなことの成果が実り、その後しばらく、けいれんの発作の回数が非常に減りました。
 6月になり、悩んだ末、T大病院の通院をやめました。病院では光也の将来について明るい話をしてもらえなかったし、病院に通っていても、検査して、その結果に一喜一憂し、薬が増えたり減ったりするだけだと思ったからです。また、「病院での治療のかわりになること」をかなり実行できるようになってきたから、ということもありました。
 抗けいれん剤の服用をやめてから、昼間は目を覚ましていることが多くなりました。夜はしっかりと寝てくれるようになりました。顔の表情もとても良くなり、よく笑うようになりました。泣き声も大きくなったように感じられました。首の方はまだ座っていなかったのですが、大分しっかりしてきました。足もぎこちないけれどバタバタと動かすようになりました。足の筋肉は以前よりずっと柔らかくなりました。 
 1歳3ヶ月になったころにも、けいれん発作(びっくり:突然、両手を下前方に伸ばして、びっくりするような形で一度だけ起こる、本人も驚いて泣くこともありました)は1日50~100回ぐらい起こっていました。首はまだ座っていなかったのですが、大分自由に動かすようになってきました。・・・・・・・そんな中、縁があってドーマン法のことを知りました。神戸のホテルでアメリカの人間開発研究所(ドーマン博士が創設)が行う、朝から晩までの講習会を6日間受けました。これは日本では1年に1回しかないとのことでした。大変だったけれど、たしかな希望が見えました。光也が間違いなく脳障害だということもわかりました。私たちはドーマン法をやっていく決心をしました。
 いろいろな人に協力を請い、夢中で訓練を実現させました。光也と典子は本当に大変だったと思います。・・・・・そしていつの間にか、光也のけいれん発作がほとんどなくなっていたのです!ドーマン法は薬を飲まないようにすることを目指すのですが、これは明らかに訓練(プログラム)の成果でした。
 しかし一方、光也は耳が聞こえていないのでは?ということと、意思の疎通ができないという問題には頭をかかえていました。
 ところが、訓練(プログラム)を進めつつ、研究所のスタッフの方と連絡を取るうちに「光也くんは聞こえている可能性が高いと思います」と言われたのです。とても驚きました。でも半信半疑でした。ドーマン法の講義では子供が理解していると信じてプログラムを進めることが重要だと言われていたので、疑う気持ちを抑えつつプログラムをして過ごしていました。
 ついにアメリカ、フィラデルフィアの研究所に診察を受けに行ったとき、スタッフの方が直接光也を見て「私たちには聞こえていると思います」と言いました。また、ほとんどのことが理解できるとも。とても嬉しかったです。でも研究所のスタッフの方は、かなり確信をもっていたようなのですが、私たち親にとって、それが本当にそうなのかどうか確認のしようがなかったのです。とてももどかしく思いました。
 診察を受ける前に、某総合病院に耳鼻科で光也はABRという聴力の検査を受けました。結果は「聞こえているという反応がない。対応としては、補聴器の使用や人口内耳を埋め込む手術などがある。でも、それによって聞こえるようになるという保証はない」というものでした。やれやれ・・。私たちには「光也くんは聞こえているのではないか?」と研究所のスタッフの方にすでに言われていたから良かったものの、いきなり病院に行ってあんなことを言われたら、さらに失意のどん底におちていただろうなと思います。
 実は、光也は聴覚過敏だったのです。ようするに聞こえ過ぎです。それは初診のとき、研究所のスタッフの方に言われたことですが、同じことを本人からも(※後に)聞きました。耳が聞こえすぎて辛かったのだそうです。研究所の方によると、脳障害児の中には聴覚過敏の子が結構いるそうでうす。聴覚過敏はかなり辛い状態で、それを理解して対応してあげることも大切とのことでした。
 先日新聞で、光也が受けたABRという検査が、新生児の検査として必須のものになるという記事をよみました。光也と同じように「聴覚過敏」であるのにもかかわらず、「全く聞こえていない」と判定されてしまい、手術などを勧められてしまうケースが生じてしまうのではないかと私は心配しています。
 それから1年もたたない内に、ついに光也は自分の思いを文字盤を指すという方法(※FC:ファシリテッド・コミュニケーション 親が子供を支援し、文字盤に手を添えてやることにより、子供が自由に意思の疎通ができるテクニックのこと。ちなみに光也は、10cm×7cmの大きさの文字盤を使用しています。)で表現できるようになりました。私は奇跡が起こったと思いました。有名な日木流奈君のことは知っていましたが、光也はまだ手が思うように動かせないのではないかと思っていたのです。でも本人は、文字盤を指すのを試してもらうことをずっと待っていたそうです。
 「自分の子供と話ができる」、考えてみると健常の子どもなら当たり前のことですが、私は家族3人で会話ができる喜びをかみしめています。
 何もやっていなければ、何も実現しなかったでしょう。でも何もやらないことは、私にはできないことでした。何かやらなければと思っていました。たまたまドーマン法という具体的で効果のあるプログラムで効果のあるプログラムに出会えたことは、とても幸運なことでした。
 でもこの方法は、本人と母親の努力がなければできません。プログラムは24時間を使って計画されているのです。さらにプログラムをやっていくためには、ボランティアさんの協力が必要です。本当にたくさんの方がお手伝いに来てくださっています。たくさんの方の協力で今の状態があることを思うと、胸が熱くなります。本当にありがたいことです。

中村一郎




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by sadomago | 2005-12-06 07:33 | サイキック


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