2005年 11月 28日
中村光也くん Vol1
中西ヒーリングの会
http://www.nakanishi-healing.jp/index.html

中村光也くん
http://www.nakanishi-healing.jp/column/kouya/about.html

中村光也くん(7歳※2005年現在)は脳障害児です。ひとりでは歩くこともしゃべることもできませんが、2002年6月、文字盤を使ったコミュニケーションができるようになりました。
光也くんの文字盤から繰り出される言葉はまさに“愛そのもの”です。
                               
 1998年7月7日に帝王切開で生まれた光也くんは、3ヶ月目の新生児検診で異常が発見され、大きな病院で受診したところ、脳障害があると分かりました。

 1999年に祖母の博子さんが、初めて中西さんのヒーリングを受け、その後、母親である典子さんが上級セミナーを受けたときに、すでにドーマン法を行っている森裕美さんと知り合いになり、ドーマン法をのことを知りました。そして、中西さんの勧めもありドーマン法で治療をすることに決め、2000年3月に本格的に始められました



第9回 特別番外編 光也くん、お誕生日おめでとう!
http://www.nakanishi-healing.jp/column/kouya/09.html

光也くん、お誕生日おめでとう!
 平成15年7月7日、七夕の日に、光也くんは満5歳のお誕生日を迎えました。
全国の光也くんファンからお手紙などが寄せられ、光也くんからお返事をいただきました。
大人顔負けのすてきなメッセージを伝え続けている光也くんですが、日ごろドーマン法の訓練を一生懸命こなしている、ひたむきな努力の賜物ということがうかがえます。また、子育てのヒントとなるメッセージも。

お手紙・FAX・Eメールを送っていただいたみなさんへ

 今日はたくさんの方々からお手紙やプレゼントをいただき、ありがとうございました。

 あたしは、今日で5歳を迎えました。あっという間の5年でしたが、いろいろなことがあり、本当にあたしにとって貴重な5年間でした。今の気持ちは、5年もよく生きられたなって思っています。感謝の気持ちでいっぱいです。ここまで生きることができたのは、ママやパパ、そしていろいろな方がいたからだと思います。

 あたしは5年前のことを思い出しました。この世に生まれて来る瞬間、あたしはとっても楽しみで、大きな夢や希望がありました。しかし生まれた瞬間、あたしはママから離されてしまい、とても悲しい出来事でした。あたしの体はお腹にいたときはとっても楽だったのに、生まれた瞬間、とても苦しくって呼吸が上手にできなかったのです。それでもあたしはママに出会えたことを、とてもうれしく思いました。「生きたい! 生きたい!」ってずっと思っていたのです。薬(抗けいれん剤)で寝かされたあたしは、もう目が覚めないかもしれないって思っていたのです。薬が切れて泣いて、ママが来てくれたときは「あたしはまだ生きていたんだー」って思っていました。ママの笑顔を見られたときは、とてもうれしかったことをよく覚えています。

 でもいつの日か、ある日あたしは突然、ママとパパに「これから光也は、訓練をしていくからね」って説明をされて、突然机の上にあたしは乗せられて、足と手を動かしはじめたのです。あたしの体は、硬くなっていたので、とても痛くって泣いていました。泣いても泣いても止めてくれず、あたしはずっと泣いて泣いていただけです。それが終わると、暗い押入れの中にママと二人で入っては、目に懐中電灯をあてたりしていました(これは結構楽しかったけど)。それも終わると、あたしの耳もとでフライパンを叩くのです。あたしの耳が聞こえていないと思って、あたしの耳もとで大きく叩くのです(これはすごくうるさかったね)。それも終わると、今度はドアを外したものを斜めにして、その上にあたしをうつ伏せに乗せて、下でママが大きな声で「こうやー、降りてきてー」と叫んでいるのです。そう言うけど、そんなに長いドアじゃないのに、そんなに大きな声であたしを呼ばなくっても聞こえるよって思っていたのよね。でも、あたしはどうやったら進むのか全然分からなかったので、そこでずーっと寝たままだったのね。それが終わると今度はマスク。変な袋をあたしの鼻と口にあてるのよね。ちゃんとはめてくれないと、あたしの鼻は豚みたいに上を向いてかわいくないのよね。この繰り返しを毎日毎日していたのよね。

 でもね、あたしがこんなに毎日毎日泣くのに、ママは一度も怒らなかったのよね。あたしはずーっとできなくっても、誉められていたのよね。さっきより前に進むことができたら、泣いて誉めてくれていたのです。泣きながらあたしを抱きしめて、一緒に「できたね」って笑ったり泣いたりでした。あたしは、こんなにうれしかったことはなかったのです。

 それから、また次々とプログラムが増えて、あたしはたくさんの文字が書かれたカードを見せてもらいました。ママの手作りのカード。大きな字で赤く書かれています。「コップ」とか「お皿」とか「お風呂」とか、最初は本当に簡単なことから始めていました。ものすごい早くカードをめくるので、あたしは一生懸命に見ました。楽しくって楽しくって、あたしは次々見ました。あたしはすぐ覚えてしまったのですが、ママはあたしの耳が聞こえていないと思っていたので、またまたあたしの耳もとで大きな声で「コップーー」って叫ぶのです。あたしは、うるさくってうるさくって「そんなに大きな声で耳もとで言ったら、あたしの耳どうにかなっちゃうよー」って言って泣いているのにまだ続けるのよね、ママは。でも、あたしはこのカードがあったから、たくさんの言葉を覚えたのです。今では7,000枚以上にもなりました。でもまだまだ少ないのです。

 そんな訓練をずーっと続けていたら、いつの間にかあたしの呼吸は楽になっていたのです。あたしはずーっと死ぬことしか考えていなかったのですが、いつの間にかあたしの体は楽になってきて、生きることを知ったのです。今、あたしは生きているって体で感じています。こんなに毎日楽しいことだらけで、あたしは本当に生きていてよかったなって思います。今まで生きた半分以上、あたしは訓練し続けていますが、あたしはまず一番にママに感謝です。感謝してもしきれないくらいです。こんなにも毎日、あたしと訓練してくれて、時々あたしは思うように足が動かなくて、泣いてママに訴えてみたり、怒ってみたりしますが、あたしのことを一度も怒ったことがないのです。あたしの心の痛みを同じように感じとってくれて、泣いているあたしを包み込んでくれています。こんなにわがままなあたしを、ママはしっかり受けとめてくれていて、あたしは本当に愛されていると感じています。あたしは、こんなママに感謝状を贈りたいって、いつもいつも思っているのです。

 あとパパはちょっとうかれが足りないのですが、パパはいつもいつもお仕事で大変なのに、少しだけあたしの訓練を手伝ってくれています。そんなパパは、あたしにとってはとっても大切なパパです。家に来てくださっているボランティアさんは、本当にあたしのことを分かってくれているのです。毎日毎日、本当にたくさんの方々が来てくださっていますが、こんなあたしのお手伝いをしてくれて、ありがとうね。その他、あたしのお友だち(いやしの村の方々)のみなさん、応援してくださりありがとうね。あたしは、5歳になれたことを、心からありがたいって思います。

 これからもどうぞあたしたちをよろしくお願いします。
中村光也

2003年7月7日


(2003/08/25)



第3回 子どもには暴力的なTV番組を見せたくないのですが…
http://www.nakanishi-healing.jp/column/kouya/03.htm

質問私は6歳の息子をもつ母親です。私は暴力的な番組を、子どもには極力見せたくないと思っていますが、息子は戦いごっこの番組が好きで毎週見たがります。おもちゃも刀やピストルなどの武器を見ると、目を輝かせて「買って欲しい」とせがみます。映像のシーンは過激なので子どもとの話し合いで一時中止しましたが、今はまた毎週見るようになってしまいました。大好きでどうしても見たいという本人の希望を聞かない訳にもいかない私は甘いでしょうか。
埼玉県S.S.

答え

こんにちは。光也です。
質問の答えを書きますね。
あたしは、いいと思いますね。
武器を見て戦いたくなる気持ちがよくわかります。かっこいいからね。

これは子供の気持ちですね。
どうして大人達はいいとか悪いとかをいうのでしょうね。
あたしは子供がすることだから、それほど気にしなくてもいいと思います。
あるアメリカの脳障害の子供のお話をします。
ドーマン法の知性のプログラムの中に百科事典的知識のカードがあります。
それでその子供のお母さんは、その子にいろいろなピストルのカードを見せていました。
その子供はとってもそのカードが大好きでそのカードだけを、いつもママに見せても らいたくって、ママに持っていって、「見せて」って言ったのね。
そのママはその子がピストルのカードを見せると、目が輝いて、「これはいけない」って思ったのね。
そのうちママは、見せなくなってしまったのよ。
そうしたらその子供は、他のカードも見なくなってしまったの。
その子は、やる気をなくして何も覚えようとはしなくなったのね。
だからね、好きなことを取り上げられた子供はなにもする気力をなくすのよね。
これは脳障害の子供だけでなく、すべての子供たちにも言えることなのね。
わたしもそうですけど、毎日の訓練を取り上げられたら、何もする気になれませんね。
あたしはしたいのに、ママが「だめ」なんて言ったら、あたしは何もする気になれませんね。
だからね、あたしは好きなことはさせてあげて欲しいのね。
いけないことなんて、何もないのね。
その子が楽しいならいいでしょう?
たまには、その子のママも一緒に遊んでみたらどうですか?
きっと楽しいって思うけどね。
あたしもやってみたいですね。一緒に遊びたいですね。
最後に、子供が望むことはやらせてあげてね。
もし、その子がいけない遊びだって思ったらやめるでしょうね。
おしまいね。


(2003/02/21)

*
o ◆第23回 金銭的な悩みが解消されません
o ◆第22回 夫のために私ができることは?
o ◆第21回 私は「意識的に生きる」をしていますか?
o ◆第20回 どうすれば高次元の存在に出会えるのでしょうか?
o ◆第19回 子どもに対する接し方に悩んでいます
o ◆第18回 どうしても2人目の赤ちゃんが欲しいのですが…
o ◆第17回 人を傷つけてしまった場合は?
o ◆第16回 ドーマン法のお手伝いに行ってきました!
o ◆第15回 自分が大嫌いです。
o ◆第14回 ケビン(中西研二さん)、光也くん訪問(対談)
o ◆第13回 光也くんからの新春メッセージ
o ◆第12回 好きなことをして生活できますか
o ◆第11回 好きな男性がいます
o ◆第10回 子どもに生死を教えるには?
o ◆第09回 特別番外編 光也くん、お誕生日おめでとう!
o ◆第08回 悩んでいる娘には、どうやって接すればいいでしょうか?
o ◆第07回 父親として、何をしてあげられるのでしょうか?
o ◆第06回 サイキックチルドレン・ハワイ・カンファレンスに参加!
o ◆第05回 自分の仕事が楽しくありません。
o ◆第04回 感謝していただくようにすれば体に害はないの?
o ◆第03回 子どもには暴力的なTV番組を見せたくないのですが…
o ◆第02回 苦手な人とはどう付き合えばいいの?
o ◆第01回 世界が平和になるためには?―ジェームス・F・トワイマンさん



 b0023449_724433.jpg第一回目は、2002年11月に来日された「光の使者」の著者ジェームス・F・トワイマンさんと光也くんのやりとりです。このやりとりは広島市の平和記念公園で行われました。写真はジェームスさんのホームページの記事です
http://www.emissaryoflight.com/_.aspx?t_t=5
この記事によると光也くんは「Koya (I am Light), the four year old Psychic Child 」(光也《我光なり》、4才のサイキックな子供)と紹介されています。
原文リンク

ジェームス・F・トワイマン●

 平和の吟遊詩人。バルカン半島に平和をもたらしたいという、やむにやまれぬ気持ちから、1995年、戦乱のクロアチアへ行き、「光の使者たち」という神秘的な存在から「恐怖を解放する方法」を教わる。その存在は、人間の恐怖こそ戦争をもたらす原因であり、恐怖を無くさない限り、愛という本物の平和は来ないのだ、と何度も彼に説く。以来、バグダッド、エルサレム等衝突の危険のある場所に出かけて、人々の意識を変えるために「平和の祈りの歌」を歌う一方、使者たちから学んだ平和の瞑想を教えるワークショップを各地で開く。著書は、クロアチアの体験を書いた「光の使者」(発売中)、そして「愛の使者トーマスからのメッセージ」がナチュラルスピリットから発売されています。2002年11月に株式会社いやしの村とナチュラルスピリット、リ・メンバーワンの共催により初来日を果たし、全国各地で「平和の祈りの歌」コンサートや「恐怖を解放する方法」のワークを開催した。

ジェームス 世界が平和になるためには、人々はどうすればいいと思いますか?

光也 あたしは、うかれないことはしないって思うのね。 つい最近のことですが、あたしは平和って何?って思ったのよね。
考えた結果、あたし達はうかれないことはしないって思ったのよね。
つまり楽しく過ごしていたら争いもなく、楽しい世界がやってくると思うのです。
あたしは皆がそうなったらいいなって思うけど、なかなか難しい問題ね。
でもあたし達(子供達)が伝えていかなければならないと思うのね。
世界はみんな、ひとつなのよ。
なかなかひとつになるのは難しいけど、必ずあたし達のこの手で愛を伝えていきたいと思います。
どの国も違いはないのですから、みんなで手をとりあって、愛を伝えていきましょうね。
泣いたらうかれないけど、あたしは愛が伝えられて愛がひとつになったときは大泣きしたいね。

ジェームス 自分が愛の使者であるというふりをするのが大切だ、と言っている子供たちがいますが、それについて光也ちゃん自身はどう思いますか?

光也 そうですね。あたしもそう思います。
子供は頭がいいのです。
つまり、みんなひとりひとり愛なのです。
愛はすべてなのよ。うかれたら愛はもっともっと素敵な愛ができるでしょうね。
お金がなくてもあたし達は愛があれば必ず、お家がなくっても愛が救ってくれます。
みんなの愛がだまっていません。
みんなは愛があるから必ず、自分自信愛の使者だって思う日が来るでしょうね。


ジェームス 世界を平和にするにあたって、子供たちの役割は?

光也 愛が伝えられたら、きっと平和になるでしょうね。
子供達はみんな愛を願っているはずだから、これから生まれて来る子供達を期待してね。
これからの子供達は愛についてとても真剣に考える子供達ばかりなのよ。
あたしもそうだけど、子供達は大人達に比べて素直に愛が伝えられるのね。
だから、役割というよりそのままなのよ。
役割なんかなんて思っていないはず。
だから、愛は大人達に比べたら子供達のほうが伝えやすいのね。
愛は、必ずあたしたちが伝えていくから大丈夫よ。

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by sadomago | 2005-11-28 23:59 | 子供達


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